魔術師 浅野俊介9
「うん。かなりの上物だからね。…その価値はある。」
金髪の青年は圭一の傍に立って言った。
「じゃ、じゃぁ…どうぞ…!」
「ありがとう!!今日のパーティーに間に合いそうだよ。」
青年はそう言うと、金貨の入った袋を料理人に持たせた。
ずしりと重い。料理人はあわてて両手で持ち直した。
「数、数えなくていい?」
「いえいえ!あなたを信じます!」
「そう。ありがとう。じゃぁ連れて行くね。」
「はい!!毎度あり!」
青年は笑って、圭一の体を横抱きにすると黒い羽を広げた。
そして、厨房から飛んで出て行った。
「ひゃー!金貨100枚!なにもしなくてももらっちゃった!!」
料理人は袋を投げて喜んでいる。
……
リュミエルは圭一の体を横抱きにしたまま飛んでいたが、廊下を通り過ぎるところで、宮殿の警備の悪魔達に前を遮られた。
「!…くそ…」
リュミエルは圭一の体を壁に座らせ、手を悪魔たちにかざした。
悪魔たちが光の刃を受けて、弾けるように消えた。
だが、次から次へと湧いて出るように増えてくる。
リュミエルが「ちっ」と舌打ちした。
その時、浅野と獅子のキャトルが、悪魔達の後ろから飛んできた。
浅野が飛びながら額に人差し指をかざして、悪魔たちを炎で包んだ。
「いいタイミングだ。」
リュミエルが思わず言った。
圭一が目を覚ました。
「リュミエル!?」
そう言ったが、あまりの寒さに両腕を抱えた。
リュミエルが慌てて、圭一の体を抱いた。
「マスター、キャトルに乗って先に逃げて下さい!」
「え?でも…」
リュミエルは「キャトル!」と呼んだ。キャトルが近くまで来た。
圭一は無理矢理獅子のキャトルの背に乗せられた。
「リュミエル!」
リュミエルは、また湧いて出てくる悪魔達に向かって行く。
キャトルが飛んだ。
「待ってキャトル…」
言おうとするが、舌が凍りかけて口を閉じた。
そして体が凍りそうになるのを感じて、キャトルの背に伏せた。
「圭一君、キャトルが連れて行ったんだな!よっしゃー!暴れるぞー!」
浅野のそんな声が、遠く下から聞こえた。
(浅野さんも来たんだ…キャトルも…)
「キャトル…」
「にゃ?」
「ありがとう…」
「にゃ」
圭一はそのまま、気を失ってしまった。
……
圭一は、楽譜と一緒に外へ出され、無表情で雨戸を閉める父親をぼんやり見ていた。
雨戸が閉められ圭一は、いつもの場所に腰掛けた。
家の壁と、庭を囲む塀の間だった。ここが中庭で一番寒くない。
月明かりの下楽譜を開いて、痺れる指を温めながら読む。月明かりがないときは、懐中電灯を持たされる。今日覚えられなかったため、一晩で歌詞を覚えなければならない。8歳の圭一にはイタリア語は難しいため、父親がカタカナで書いてくれていた。
「カ…ロ…」
また冷えてはーっと手を温めた。
「カ…ロ…ミオ…ベン…」
その時背中から温もりが来た。
(来た!…僕の神さま…)
そう思い、また楽譜を読む。
「ク…レ…ディ…ミア…」
しかし温もりに負けて圭一はうとうとした。
……
圭一は目を覚ました。
ベッドに寝かされている。布団が被せられ、その上からだれかがさすってくれている。
ふと見ると浅野だった。真剣な顔で圭一の体をさすっていた。
「浅野…さん」
「!気がついた!?もう大丈夫だからな。」
圭一はうなずいた。だがまだ体の芯が冷えているようで、震えがとまらない。
「リュミ…エル…」
「リュミエルか?ここにいるよ。」
浅野が離れて、リュミエルが顔を見せた。
「マスター…?」
「僕が…寒い日に…庭に出された時…温めて…くれたの…リュミエル?」
震える声でそう言うと、リュミエルは目を見開いた。
そして、うなずいた。
「あり…がと…」
圭一がそう言うと、リュミエルが圭一の頭を抱いた。
圭一はあの時と同じ温もりに目を閉じた。
浅野は涙ぐんで立っていた。
(ずっと圭一君を見守ってきたリュミエルの想いが、やっと実ったんだな…)
浅野はそう思った。
……
夜中-
「何か怪しい2人だ…」
浅野は自分のベッドで抱き合って眠る圭一とリュミエルを見て思った。
一緒に起きているキャトルがうなった。
「はいはい!リュミエルに一緒に寝てやれって言ったのは俺ですよ!俺ですけどね!」
浅野は半分やけのように言った。
「俺ですけど…あまりにも美しい光景で…ちょっと妬けるかな。」
浅野がそう言って笑い、膝に乗ってきたキャトルを抱いた。
「俺の事はキャトルが慰めてくれる?」
キャトルが逃げるように、浅野の手から飛び降りた。
「!!キャトル!ひどい!!逃げることないじゃないかっ!!」
「やかましい!!」
リュミエルが声を押し殺しながら、浅野を怒鳴りつけた。
「…マスターが起きるだろ!」
「はい。すいません。」
浅野は謝った。そして立ち上がった。
「キャトル…もう圭一君はリュミエルに任せて、リビングで寝ようか。」
そう言ってキャトルを抱いて部屋を出た。
「…なんで俺の寝室で俺が怒られなきゃいけないんだ?」
浅野は独り首を傾げた。
……
浅野が出て行ったのを感じ、リュミエルの胸の中で圭一がくすくすと笑いだした。
「!マスター…やっぱり目が覚めてしまいましたか…」
「…もう大丈夫…ありがとう、リュミエル。」
圭一はそう言って、リュミエルから離れて体を起こした。
リュミエルも体を起こした。
「…マスター…寝てる時…何度も体がビクッと震えていましたが…大丈夫ですか?」
「ああ…なんか、子どもの頃のこと…まとめて見ちゃった…」
リュミエルは下を向いた。
圭一の実の父親は暴力こそ振るわなかったが、始終圭一を怒っていたような印象だった。
そして実の母親もそんな父親を恐れ、圭一をかばうことはなかった。
「…辛かったけど…でも…あの時のお父さんの教育がなかったら…今の僕は無いのかな…って思うんだ。」
圭一の言葉に、リュミエルは黙って圭一の横顔を見た。
「…それに…ずっとリュミエルが守ってくれてたし…。いろいろ思い出してみたら、嫌な事ばかりじゃなかった。」
圭一がリュミエルを見て微笑んだ。リュミエルは慌てて目を反らせた。
「…リュミエルに謝りたいのは、小学校3年生くらいまでかな…誰かに守られていることは感じていたんだ。…でも成長するにつれて「僕の想像なんじゃないか」って思い始めてね…。それからは守られていることすらわからなくなった。…ごめんね。」
リュミエルは驚いて首を振った。守護天使は気付かれないのが普通だ。それを少しの間でも、気付いてくれていただけでも嬉しかった。
「リュミエルは…本当に僕が好きになったから…堕天使になったの?」
「!!」
リュミエルは顔を赤くした。…そして「実は…」と言った。
「…マスターを好きになるだけなら、堕天使になることはないんです。私は…マスターが寝てる時に…キスしてしまって…」
「!!」
圭一が目を見開いた。