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狂宴の先

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「しかし、また見事に飛び散っちまって。まあ、もとからこの研究室も散らかってるか」
 ザフォルは脱力しきったスウェラのことなど素知らぬふりで、研究室の中を勝手気ままに物色し始めていた。研究室に散らばった例の男の残骸の一つをつまみ上げ、まるで自分の研究室のことのように嘆くその様に、スウェラの打ちのめされた精神に再び、いや前にも増した忌々しさ湧きおこる。
 この男と関わるといつもこうだった。ふざけたようなそのペースに呑まれ、主導権を奪われる。いつか一泡吹かせてやりたいと心底思うのに、一向にそうできる気配はない。それがスウェラにとってひどくもどかしく、また悔しくて仕方がなかった。
 だが、やられてばかりでは気がおさまらない。なぜこんな男に振り回されていなければいけないのか。それに、こんな人間の研究室と自分の研究室を一緒に扱われたら、たまったものではなかった。
「貴方に言われたくはありませんわ」
「ん?」
「貴方の研究室とわたくしの研究室を一緒にしないでいただきたいと言ったまでですわ。貴方の研究室と言ったら、この世のものとは思えませんでしたもの。勝手にわたくしのものに触らないでいただけますかしら?」
「おや、そりゃ失礼。ま、俺様の研究室ほど芸術的な研究室は他にないだろうしねぇ」
 スウェラはいっそすがすがしいくらいに自己中心的なザフォルに、もはや呆れるしかなかった。
 この男の研究室には以前仕事の関係で不本意ながら通っていたが、それこそ足の踏み場もない等と言う生易しい状況を通り越して、まさに『ゴミ溜め』と言うさまを地で行くような場所だった。研究資料は煩雑に床に積み上げられ、その隙間はこぼれおちた書類で埋め尽くされ、さらには何日か分の食料等のくずゴミや、それを食べた後の器類まで積み上げられ、そこに研究で使用する薬品臭も相まって、何とも言えない異臭を放っていた。唯一整えられていたのは、それこそ実験台の上くらいのもだった。
「あれのどこが芸術的だなんて言えますの……」
「なんか言ったか?」
 ザフォルが振り返る。聞こえるような声で言ったつもりなどなかったのに、地獄耳もいいところだ。その耳聡さに舌を巻くが、そんなことで一々いら立っていてはもうやっていけない。
「貴方の研究室はすばらしい、と言ったまでですわ。まるで、豚小屋のように」
「豚小屋かぁ。おまえさんも言うようになったねぇ。まあでも、ここはもうちっと片づけた方がいいだろうよ」
 そんな皮肉さえも、むしろ他人事のように面白がられる。もうこの男には何を言っても無駄なのかもしれない。そうなればもう何も言うまい。何か言ったところで、自分が疲れるだけなのだから。
「もう勝手になさればよろしいですわ……」
「ほう、そうかい?」
 ひょいと、ザフォルはつまんでいた男の残骸を無造作に放り投げる。そしてにやりとあの男特有の笑みをこぼしたかと思うと、それに向かって手をかざした。
 どうせいつもの戯れだろうと、スウェラ気にも留めなかった。
「ありがとうよ。じゃあ遠慮なく、勝手にやらせてもらう」
 けれどその言葉だけがいやに重苦しい低さだと、違和感を感じた直後。
 激しい閃光と衝撃が背後にとどろいた。予期しないその衝撃の余波にスウェラの体は激しく床にたたきつけられ、吹き飛ばされる。
「……っ、何事ですの!?」
 何が起きたのか一瞬では理解できない。すぐさま顔を上げるも研究室の中にはもうもうと白い煙が立ちこめ、さらにその向こうには機材があげる火花とそれとは別の爆発。そしてそれにおびえ喚く実験動物たちの悲鳴がとどまることなく連鎖する。
「わたくしの研究が……!」
 目の前でさらに拡大していく惨状に血の気が引いた。
 爆発は断続的に各方面で発生し、留まることを知らない。あっという間に研究室は炎と煙に包まれる。スウェラの貴重な研究資料も、今までの成果も全てが灰と化していく。
 スウェラに今までに感じたことのない絶望感が押し寄せた。それらがなければスウェラの今後の研究にどれほどの損害を与えるのかしれなかった。今までのガルグの生における何千年という膨大な時間が無に帰してしまう。
 手元に、焼け焦げて溶け崩れたディスク、そして炭化した書物の欠片が降り落ちる。それらをスウェラは握りしめ、握りつぶして、歯ぎしりしながら煙の向こうを睨みつけた。
 すべて、すべてあの男のせい。
「なんてこと……。あの男……。ザフォル! 貴方ですのね!!」
 煙が立ちこめる中を手探りで進みながらその名を叫ぶ。
 なんてこと。なんという事態。きっとあの男は最初からこれを狙って研究室にやってきたに違いない。スウェラの研究を台無しにするために。ガルグに仇成すために。
 もともとあの男はガルグのやることには反抗的だった。この十年余り、さらにそれが顕著になっていた。あの男ならこんなことを起こしたとしてもありえないことはなかった。ああ、やはりあの男に気を許すべきではなかった!
 スウェラの内はもはやザフォルへの怒りと憎しみのみで埋め尽くされていた。こんなことをしたあの男をこの手でくびり殺してやらなければ気が済まなかった。ガルグの民は不死の存在だがかまうものか。何度でもぶち殺してやろう。いや、そうしなければいけない。これはスウェラだけの問題ではないのだ。ガルグの存亡すら関わる重大な事件なのだから。
「出ておいでなさい、ザフォル! わたくしが長に代わって鉄槌を下してやりますわ!」
 もはや絶叫にも近い勢いでかの男の名を叫ぶ。しかし煙と炎に阻まれ、男の姿をとらえることはできない。むしろ実際の声なのかそれとも炎がはぜる音がそう聞こえたのか、スウェラの耳にはまるであの男がスウェラをあざ笑うかのように反響して聞こえた。
 いつもそうだ。いつもいつもいつも。もうたくさんだ。あんな男に振り回されるのも、あんな男に上に立たれるのも、誰かに見下されるのも!
「そうよ。お前はいつもそうでしたわ! わたくしを見下して、何ともないふりをしながら、わたくしを笑うのですわ! だからわたくしはお前が大嫌いなのですわ! 早く出てきなさい! 二度と蘇らないようにずたぼろにして焼きつくしてやりますわ!」
 その瞬間炎がゆらぎ、その合間に影が見えた。怒りにまかせてエネルギーの塊を打ち放つ。けれどそれはザフォルではなく実験動物の残骸。
「なぜなの……。なぜ思い通りにはなりませんの!!」
 何かがスウェラの中で切れた。
 八つ当たりのように放った気弾が研究室の床を抉る。かろうじて保たれていた床にはそれによって大穴が空き、煙と炎がそこから地下にまで侵入していく。そのとたん地下から巨大な爆発が起き、床下から巨大な火柱が立ち上がった。研究室だったその空間は、もはや炎の海に包まれていた。もう終わりだった。
 もうこうなってしまったなら研究室などどうでもよかった。どうせもはや元には戻らない。あの男をぶちのめすことができるなら、こんな場所どうとでもなってしまえばい。もろともあの男を破壊し尽くしてしまえばいい。そうすればスウェラの気も晴れる。もうなにもかも消えてしまえ。
「おいおい、自分で自分の研究を壊す気か? まあ手伝ってくれるんならありがたいが」
 煙の向こうでそんな声。
作品名:狂宴の先 作家名:日々夜