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「月傾く淡海」   第一章 最も旧き一族

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 さて、白髪が崩御したあと、朝廷には後継たるにふさわしい皇族がいなくなってしまった。泊瀬があまりにも同族を殺しすぎた為である。
 結局、泊瀬の従兄弟であり、その聡明さ故に泊瀬によって暗殺された市辺押歯別王の妹・飯豊郎女(いいとよのいらつめ)を担ぎ上げ、女王に据えた。
 しかし飯豊郎女は巫女王であり、生涯独り身を貫く立場にあった為、やはり後継問題は続くこととなった。
 そこで女王の在位中に、播磨まで行って市辺押歯別王の遺児・億計王と弘計王の兄弟を見つけだし、順番に王位につかせたのだ。
 その億計王の日継(皇太子)として大王を継いだのが、昨夜崩御した「若雀の大王」なのである。

「ずいぶん無理をして大王家を存続させてきたもんだよなあ。……大体、億計と弘計の兄弟は、ほんとに王族の血をひいてたのか? まったく、嘘くさいったら、この上ないぜ」
「そこに疑念をはさむと、若雀の大王の正統性にも問題がでてくるのよ。葛城は、若雀の大王を大雀系の王統と認めて後見してたんだもの。……疑うわけにはいかないわ」
「……そこら辺に不満のあった連中の仕業じゃねえの?大王暗殺、なんてのはさ」
「……そうかも知れないわね」
 ――だとしたら、この一件は根が深い。
 倭文はそう思った。
「……ふーん」
 考え込む倭文をしばらく見つめると、一言主は不意に大声を出した。
「よし、倭文、ついてこい!」
 言うやいなや、一言主は身を翻して駆け出した。
 高歯の下駄を履いているというのに、器用に地面を蹴りながら、ひょいひょいと飛ぶように走っていく。
 その、身軽なこと。
「ちょっと待ってよ! こっちは『ただ人』なんだからね!」
 倭文は慌てて一言主の後を追った。
 この神のきまぐれは、今に始まったことではない。
 姿を隠すも現わすも、ただ気分しだい。その場の思いつきでどこへでも行ってしまう。
 倭文も若い娘にしては相当足が早いほうだが、それでも見失いそうになる一言主の背を追って必死に走った。
「……ここまでおーいで!」
 そう叫ぶと、一言主は足を止め、くるっと振り返った。
「これは……」
 追いついた倭文は、肩で息をしながら瞳を上げた。
 彼女の眼前に現れたのは、見事に紅葉した銀杏の大木だった。
 おそらく、齢数百年は経ているだろう。その幹は、倭文が両手を広げたよりも太く、天に向かって無数の枝を突き上げていた。
 秋はまだ始まったばかりであり、周囲の林には緑を残した木々も多い。
 しかしこの大銀杏は全身に見事な黄金の葉をつけ、まるで金の雪のように、空からはらはらと落葉を舞わしている。
 この世ならぬ光景だ。
 倭文はそう思い、しばし大銀杏に見とれながら夢見るように言った。
「これは……あなたが依り憑ついている大木じゃないの、一言主?」
 問われた一言主は答えぬまま、太い幹に巻かれた古い注連縄に触れた。
 そして軽く下駄で地を蹴ると、一番下の枝に飛び上がる。
「一言主が『赦してやる』よ。……さあ倭文、おいで」
 枝の上でしゃがみこむと、一言主は倭文に向かって手を差し出した。
 少しためらった後、倭文は右腕を上げて一言主の手を掴む。
(うわ、冷たっ……)
 人にはありえぬその感触に、『神』に触れた違和感を覚えた途端、倭文の体は枝の上に引き上げられた。
「一番上まで行こうぜ!」
 一言主は、倭文の腕を掴んだまま、次々に枝を蹴って登り始めた。
 一見華奢なその体のどこにこれだけの力があるのか。
 倭文は引き上げられながら、抗議の声をあげた。
「ちょっと、私は人間なんだから! 腕が抜けちゃうでしょう?」
「これっくらいで泣き言いうなよ。それでも、俺の『弟子』かあ!?」
 一言主は平然と跳躍を続ける。
 目に入りかけた銀杏の葉を避けようと、倭文が瞳を閉じた時、一言主の動きも止まった。
「はい、ついた!」
 大声で叫ぶと、一言主は急に倭文の腕を離した。
 よろけそうになった倭文は、慌てて枝にしがみつく。
「ああ、やっぱり、いい眺めだなあ……」
 枝の上にしゃがみこんだ一言主は、感じ入る様に呟いた。
「ほら倭文、見てみろよ!」
 枝の上に座り直した倭文は、一言主の指さす方へ目をやった。
 いつのまにか大銀杏の一番上まで登ってきていた二人の眼下には、広大な大和盆地が広がっていた。
 この山に固まれた盆地の、西南に位置する葛城は、大和の要にあたる。
 ここから東には、耳成山・畝傍山・天香久山の大和三山に守られた「飛鳥」の地があり、その更に向こうには多武峰が見える。
 多武峰を北へ進むと、大物主神の神奈備である三輪山と布留の石神を繋ぐ山の辺が続いており、その辺りには古の大王の陵が多く造られていた。
 反対側へ目をやれば、斑鳩・矢田の地を越えて生駒山がそびえている。そして山ごもれる恵みの地は佐保の領を越え、彼方の山背国にまでも続いているのだった。

「……ここは、特別な地だよ」
 冷風に銀髪をなびかせながら、一言主は言った。
「筑紫からやってきた『崇神』も、山背からきた『応神』も……いや、そのもっと前の奴らも。豊葦原を制覇しようと野望を抱いた奴らは、皆ここを目指してやってきた。もっとふさわしい地が、いくらでもあったかもしれないのに……。それでも、豊葦原の中心はここでなければならない、とでもいうように。覇王はみんな、ここに都を築きたがる」
「……何か、魅かれる理由があったのかしら」
 倭文は山裾の里を見下ろしながら呟いた。
 広いような気もするし、狭いような気もする。
 けれどここは、自分の生まれ育った地だ。いいも悪いもなく。
 この地で生きていく宿命を、ただ受け入れてきただけのこと--。
「さあ。わからない。……だけどね、倭文」
 一言主は、枝の上で器用に立ち上がった。
「ずっと、ずうっと前……最初に『大王』を名乗ったあいつ……遠い日向から来て、土着していた長随彦たちを皆殺しにし、初めに都を造ったあいつが来る遙か古から……葛城の一族は、ここにあったんだ」
 恬淡と語る一言主の横顔を、倭文は座ったまま見上げた。
「葛城は、この豊葦原で最も旧い一族だ。この国の歴史は、常に葛城と共にあった。--そうさ。『応神』が河内王朝を、『崇神』が三輪王朝を開く遥か以前、ここには葛城の国が……「葛城王朝」があったのさ--!」
 一言主は話しながら空へ向かって指を突き出した。
「素晴らしい国だったよ。倭文、覚えてない!?」
「……『覚えてる』わけはないけど。そういう伝承は、古老から聞いたことがあるわ」
 倭文は冷静に返した。
 一言主が具体的に「何歳」なのか、これまで聞いてみたことはない。けれどおそらく、途方もない時を超えてきたであろうこの『神』の中では、時々時間軸があいまいになるらしかった。
「事実かどうかは、分からないけどね。大体どの一族も、自分たちの歴史を美しく誇張したがるものだわ」
「本当さ! 俺は今だって覚えてる。--葛城は、本来自分たちの王朝をもてるだけの力を持った一族だったんだ。……今の葛城は随分変わっちゃったよね。襲津彦のせいだけど。あいつが外戚政治なんか始めたもんだから、後の連中がみんな真似をしたんだよ」