天使の羽
――― 歩行者天国のある市街からバスを乗り継いで二時間。山の手の素晴らしい景観のホスピスに着いた頃、丁度、陽が暮れ始めた。
祖父母達は度々訪れているが、タカヤスは本当に久し振りになる。
受付で名前を告げると、暫くして車椅子に腰掛けた母が姿を現した。寒くなるので、上着にショール、膝掛け付だ。看護士に挨拶をすると、少し話がしたいからと母を車椅子ごと預る。
「……母さん……」
まだ四十になったばかりの母は、焦点の合わない瞳で遠くを見ていた。
「長い間、会いに来なくて……ごめん……」
薄暗くなった芝生の上に車椅子を止める。
「俺、さ……。……今度、彼女、連れてくる。母さんに会いたいって言ってくれてるんだ。静かな子だけど、優しくて、あったかいから……。会ってくれよな」
座ったままの母の正面にしゃがみ込み、その手を握り締めて話し続けるタカヤス。
「そうだ! 祖父ちゃんから、プレゼント、預ってたんだ!!」
反応の無い母に微笑みかけ、コートのポケットをガサガサ……。
「あった!」
携帯やら財布やらの下から、小さな包みを取り出すタカヤス。少し汚れた包装紙と色あせたリボン。祖父達も渡しそびれていたのだろうか……。
「母さん、これ、祖父ちゃん達から……」
タカヤスが母にそれを差し出した途端。
「それっ!!」
今まで黙って見ていた少年が、タカヤスの手からプレゼントを奪い取った。
「おい!?」
取り戻そうと手を伸ばすが、少年は既にリボンをほどいている。
「お前なぁ!」
呆れるタカヤスが、伸ばした手を止めた。
目の前の少年が光りに包まれる。
そして……。
―――――――――――
気がついたら、タカヤスの持ってきたプレゼントを奪っていた。
“探していた物”
直感で“それ”だと気付く。リボンをほどく手が震える。色あせたリボンをほどき、ラッピングの薄い包装紙をはがしていくと、中には白い箱。箱の中には、ベルベットのリングケース。開けると、金のリング。
そっと取り出し、リングの内側を見る。
“Star to Moon”
「……そうだ。……これ……」
消えていた記憶が一気に蘇る。
クリスマスイブのあの日、彼女に渡すリングを受け取り、そのまま待ち合わせ場所へと急いだ。