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「すぐに帰ってくればよかったのに」
父の葬儀の際にそう従兄弟に言われた。
すぐに帰ったつもりだった。
無理をすれば別の帰省方法もあったのも確かだったが。
何も応えられなかった。
家は既に父が手放していた。
もう、留まるすべを持たない俺は、一度納骨した母の遺骨と共に父を抱き、東京へ向かった。
受験ではなく、今度は働くために。
それ以来、明海ともりょうとも距離以上に遠く離れた存在になった。
あれから10年経った再会は、熱くときめくこともなく、雨の舗道を見つめながら、辛い話しに終始した。
ひき逃げ事件として捜査は行われたが、該当車は見つからず、丁度車の流れが切れたのか目撃者もなく、何の進展もないまま月日を数え継続扱いとなった。
妹を亡くし、一人で別府に留まる理由のなくなったた明海は、翌年東京に出て武蔵野の病院に勤めた。
俺が世話になった人の計らいで小平に店を持ったのもちょうどその頃だった。
小さなレコード屋だったが、バイトの娘二人と新譜の発売日、5の付く日は忙しかった。
人の休んでいる日に働くのが店をやっている者の日常だったし、明海の休日も不定期だった。
会えなくなって10年目の再会だったのに、やはり中々会う機会を持てないまま、ふた月程経ったその年最初の寒い朝、閉店が遅いので11時と開店も遅いシャッターを内側から開けると、
「今日一番のお客さんでしょ」
あごに窪みを作った笑い顔の明海がいた。
「夜勤明けなの。あ、まだ暖まってない!」
「はいはい、今すぐ暖めます。やれやれ、朝から注文の多い客が来た」
突き当たりの壁に取り付けたエアコンにリモコンを向けると機嫌の悪そうな音をたててまだ冷たい風が吹き出した。
「夜勤明けって、うみの住処は高円寺だろ。どうしたんだ?」
それには応えず、店に入ってきた明海はレコード棚にとりつき、ストーンズの「ゲット・ヤー・ヤ」を取り出した。
「店員さん、これ買うからこの中の『ホンキー・トンク・ウィメン』を聴かせて」
「ストーンズとは嬉しいね。お客さん通だね」
軽口をたたきながら、B面のラストから2曲目に針を降ろした。
ミック・テイラーの在籍していた時期特有のキレのいいブルース・フィーリングが充満したライヴ音が、少しボヤけた頭に染み渡った。
ジャケから歌詞カードを引っ張り出し、ミックのヴォーカルに合わせて首を少し振りながら口を動かす明海を見ていたら、俺はこいつと一緒にいたいと唐突に思ってしまい、それをそのまま気付くと口に出していた。
明海は何も答えずただ振っていた首を心持ち大きく振った、ように見えた。