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帰宅するとすぐに良一の事を妻に話した。
「ああ、覚えてる。クラスに二人いた坊主頭の背の低い方。あなたと仲のよかった人」
「やざきとやぐち、なんとなく親近感が初めからあったんだ。それでもなんだか発音が似ているのは妙な気がしたから何時もりょうと呼んでいた。もう坊主頭じゃなかったよ」
「それはそうよ」
「いや、あいつは俺にすぐに気付いたらしいが、俺はあいつのイガグリ頭しかみた事がないんで、名乗られても判らなかった。あげく俺は行方不明だそうだ」
「あら、それなら私もそうよ」
「そうか。行方不明者が二人、こんなふうに揃って一緒にいるのを知ったら、奴びっくりするだろうな」
「ここを教えたの?」
「いや、店の名刺は渡したが、何も話す間がなかったので電話をすると言っていた。かかってきても、教えない方がいいか」
「いえ、それはいいんだけど。でも、なんだか秘密の場所がばれるようでもったいないかな」
笑うとあごの先に窪みが出来る顔で、ちょっと複雑な笑顔を浮かべやりかけの台所へ立っていった。
妻の明海は、高二の時のクラスメートだった。
俺はりょうとは一度も同じクラスにはなっていないが、同じ部活で三年間付き合った。
頭のいい男で、九州の国立へ現役で合格し、そのまま別府で家業を継いでいたと思っていた。
明海とは高一、高三と二年間同じクラスだったはずだ。
二年の夏頃から、二人とも明海を「うみ」と呼び、気安く、しかし、かなり意識し始めていた。
体育館で組み手の練習をしながら、りょうは卓球台をはさんだ室内コートでボールを操るうみを視界の端で見つめ、その度に俺のけりを避け損なった。
「そうか、うみも行方不明だった」
もう一度、それは半分以上俺のせいだと確かめるようにつぶやいた。
父親はほとんど家に帰ってこず、中学生の頃母親は別の男をつくって家を出て行ったと、あの頃のクラス内での噂話しで俺は明海の事情を知った。
ある朝突然、小学生の妹と広い家の中に二人きりに取り残され、結局父親は帰ってこなかった。
頼りになる親戚がいなかったのか、明海は母の残したある程度の現金で、何年かの学費と二人分の生活費をやりくりしたらしい。これも噂話し。
高校の学費も、明海はバイトでまかなっていたのか、街中のいろんな店で明海の働く姿を見かけた。
生徒のバイトには煩かった学校が黙認していたのもみんな知っていた。
それでも明海はバスケに所属し、試合は無理でも学校は休んだことがなかった。
何んの不自由もなく育ったくせに、外泊を重ね、病床の母に心労をかけ続け、屁理屈ばかり達者だった俺とは大違いだ、と台所に立つ妻の筋肉質の背の高い後ろ姿を見ながら改めて思う。