umi
再会
「シン!」
突然、街の雑踏の中で呼び止められた。
振り向いた先に、びっくりしたような、そして思いもかけないものを見つけた少年のような表情をした中年男が立っていた。
「…」
「矢崎真司だろ?俺だよ!谷口だ、谷口良一だ!ほら、別府の高校で空手部だった」
「良一?ああ!そうか谷口だ!りょうか!」
「なんだよ。こっちは信号の向こうで、何処か見たことがある奴がいるとずっと見ていたんだ。びっくりしたぞ。お前ずっと東京にいたのか」
「お前こそ、田舎の菓子屋の長男じゃないか。なんで東京にいるんだ」
「いろいろとあってな。あ、悪い。今ちょつと急いでるんだ。お前の名刺をくれ。電話するから。」
そう言いながら、馴れた手つきで自分の名刺を差し出し、俺の名刺を忙しく受け取りながら良一は歩き始めていた。
が、少し行った所で急に振り向いて、
「お前、行方不明なんだぞ。」
早口にそう言うと、人ごみに紛れて行ってしまった。
「行方不明か」
口の中で繰り返す。
仕方のない事だ。
母の後を数ヶ月で追った父の葬儀が終わり、父と母両方の遺骨を抱いて「富士」に乗って以来一度も帰っていない。
東京での住まいも何度か変わり、友との季節の便りも途絶えてしまった。
何もかも無くしたように思えたし、それでいいとも考えた。
手に残された良一の名刺には、あまり聞いた事のない会社の名前と、部長代理の肩書きがあった。
もう一度目を上げた先にあったのは、いつもの見知らぬ人の群れと、いつもの音の群れだけだった。