魔術師 浅野俊介8
「リュミエルすまない…」
浅野が息を切らしながら言った。
「こいつはお前じゃ無理だ。私がやる。」
「!!」
「子どもは厨房だ!水を溜めたシンクの中にいるから火傷はない。ただ煙を吸って気を失ってる。」
「…!わかった…」
浅野は感謝の目でリュミエルを見た。
「おかしな目で見るな!マスターが心配してるから助けにきただけだ。早く行け!」
浅野は「すまない」というと、厨房に走り、シンクの中にいる子どもを見つけた。
子どもは青い炎で守られていた。
浅野は子どもを抱いて炎を突っ切った。
……
浅野は外へでた。急に新鮮な空気を吸って咳込み両膝をついた。
消防隊員が駆け寄り、子供を受け取り走り去った。もう一人の隊員が浅野の肩を抱き立たせようとしたが、浅野はその場に崩れた。
「!!」
隊員が「担架だ!」と叫んだ。
「浅野さん!」
圭一達が駆け寄った。圭一が思わず叫んだ。
「浅野さん!目を開けて!」
明良達は心配げに見ているしかない。
別の救急隊員が駆け寄ってきて、酸素吸入器を浅野の口に当てた。同時に担架が置かれ、浅野はその上に乗せられた。
「浅野さん!」
圭一達は担架と一緒に走った。
……
炎の中では、リュミエルと炎の悪魔の攻防が続いていた。どちらも力が拮抗しらちがあかない。
リュミエルが炎に吹き飛ばされた。そのリュミエルの体を、獅子のキャトルが壁に激突しないように自分の体で止めた。。
リュミエルの体は、人間でいう「火傷」だらけになっている。キャトルは、羽の力もなくなりかけて落下しかけたリュミエルの体を、自分の背で受け止めた。
「ありがとう。キャトル。」
リュミエルがキャトルの体の上でぐったりしながら言った。
対して、炎の悪魔も傷だらけの体で座りこんでいる。
外から消防隊員が消火作業をしていることもあるが、炎の悪魔自身の力もなくなり、炎が収まりかけていた。
「何故…そこまでして人間を守る…?」
炎の悪魔が言った。
「何故?…守るべき人だからだ。」
リュミエルがキャトルの体の上で言った。
炎の悪魔は中傷するように低く笑った。
「人間は裏切るものだ。」
「!…」
「お前もいつか、必ず裏切られる…。」
「マスターに限ってそんなことはない!」
「だから堕天使は甘いんだよ。」
炎の悪魔はまた笑った。
「いつか…俺の言ったことが正しかったという思う日が来るさ。」
「言うな!!」
リュミエルはキャトルの背で立ち上がり、光を溜めた腕を力を振り絞って真横に振った。
悪魔は抵抗することもなく光の刃を受け、弾けるように消えた。ただ後には笑い声だけが残っていた。
リュミエルはキャトルの背に倒れこんだ。
「にゃあ…」
獅子のキャトルがリュミエルに鳴いた。
「…マスターに…いつか裏切られると思う…?」
リュミエルが倒れたまま、キャトルに言った。
キャトルは魔界の言葉で答えた。
「裏切られる訳ないじゃない!馬鹿ね!」
リュミエルはうなずいて気を失った。
……
浅野は病院のベッドで目を覚ました。
「!!…リュミエル…!」
「浅野さん!」
圭一が飛び起きた浅野の体を押さえた。
「圭一君…」
浅野が辺りを見渡した。
「リュミエルは?」
圭一が首を振った。
「姿を出してくれなくて…」
浅野は額に人差し指をかざし、交信を試みた。
「!!…俺の家に…キャトルが連れて行ったか…」
「怪我してるの!?」
浅野は沈鬱な表情でうなずいた。
「人間でいうと、体中火傷だらけになっている。あの炎の悪魔はかなり手ごわかったようだな…。」
「治しに行かなきゃ…」
浅野はうなずいた。
「だが…瞬間移動できる距離じゃない…。圭一君…病院に頼んで、退院手続きを取ってもらってくれないか?」
「はい!」
圭一は病室を飛び出した。
……
リュミエルは、浅野のベッドでぐったりと体を横たえていた。自分で治癒する力もない。キャトルがリュミエルの顔を必死に舐めている。
ベッドの横に、浅野が圭一の腕を取った状態で現れた。
「リュミエル!…大丈夫か?」
浅野がリュミエルの顔を両手でそっと挟み、自分に向けた。
「お綺麗な顔がこんなに…人間なら治らないぞ。先に顔から治すか。」
浅野が冗談交じりに言った。
「僕の「気」も使ってください。」
圭一の言葉に浅野は「残念だが」と言って首を振った。
「俺とは違ってリュミエルは生体じゃないから、圭一君の「気」は効かないんだ。」
圭一は驚いてリュミエルを見た。その目に涙があふれ出した。
「リュミエルごめんね…。」
圭一が涙を流して言った。
「…僕が…頼んだから…。」
リュミエルは驚いたように首を振った。
「僕は…何もできないくせに…ごめん…」
圭一がベッドに顔を伏せて泣き出した。リュミエルが動揺して浅野を見た。
浅野が苦笑した。
「頭撫でてやれ。その間に俺ができるだけ火傷を治す。」
リュミエルはためらうように手を上げ、しばらく躊躇したのち圭一の頭を撫でた。
……
リュミエルはじっと目を開いたまま、ベッドに横たわっていた。圭一がベッドに頭を乗せて寝ている。その横にはキャトルが体を丸くして寝ていた。
浅野はリュミエルの治療のため気を使いきり、リビングのソファーで爆睡していた。
もうすっかり体は治っているのだが、何かこの場を離れにくい。
リュミエルがそっと、窓から差し込む月の光に浮かぶ圭一の顔を見た。
圭一がふと頭を上げた。
リュミエルはあわてて上を向いた。
「リュミエル…具合はどう?」
「…もう…大丈夫です。」
「ほんと?」
「はい。あいつのおかげで…」
圭一が微笑んだ。
「良かった。」
圭一はふと窓の外を見た。
「月…きれいだねー」
圭一がカーテンを開けて言った。一層強く月明かりが差し込んできた。
「…リュミエルって…僕の小さい頃から知ってるの?」
リュミエルはうなずいた。
「…じゃぁ…僕が5歳の時…夜中に月に向かって飛ぼうとして、屋根から落ちたことも?」
圭一が恥ずかしそうに言った。リュミエルは小さく笑ってうなずいた。
「…そうか…ずっと…傍にいてくれたんだ…」
圭一は感慨深げに呟いた。
リュミエルは、どうしてあの時、圭一が空を飛ぼうとしたのか知っている。
圭一の実の親は両親とも芸術家で、圭一に早期教育と称して厳しく躾けた。つまり親というより指導者だったのだ。時には寒空の下、一晩中庭に放り出されたこともあった。
そのため圭一は、幼い頃から親に甘えることができなかったのだった。
月へ飛ぼうとしたのは、そんな親から離れたい…という気持ちがあったのではないか…とリュミエルは思う。
リュミエルは、圭一を見て言った。
「空…飛びます?」
「え?」
「月には行けませんが、空は飛べます。」
圭一は子どものように目を輝かせてうなずいた。
……
圭一はキャトルを肩に乗せて、リュミエルの首にしがみついていた。
「うわ…結構早い!」
圭一が声を上げた。リュミエルは圭一の体を横抱きにして、空を飛んでいる。