魔術師 浅野俊介8
第8章 堕天使のクリスマス
(オールスターだっ!!)
浅野俊介はそう思った。ジャズユニット「quatre(キャトル)」が、ショッピングセンターのクリスマスイベントで、アカペラで「White Christmas」を歌っているのだ。
「quatre(キャトル)」のメンバーは、作曲家「沢原亮」、美しきバイオリニスト「秋本優(ゆう)」、フランス人の血を持つ歌手「マリエ」、オペラが歌えるアイドル「北条(きたじょう)圭一」の4人で構成されている。
皆、今まで浅野にかかわった4人なので、浅野にとったら「オールスター」となるわけである。
浅野はこのハーモニーの美しさに驚いた。沢原の「バリトン」秋本の「カウンターテナー」マリエの「ソプラノ」圭一の「テノール」の声がマッチして、見事なハーモニーを醸し出している。
浅野は買い物客に紛れて、後ろの方で聞いていた。周りの買い物客も聞き入っている。
歌が終わった。拍手が起こった。
4人は「メリークリスマス!」と声を揃えて言うと、控室へ入って行った。
浅野も買い物客を掻き分けながら、控室に向かった。
……
「お疲れ様です!」
浅野が控室に入って行くと、「quatre(キャトル)」のメンバーがそれぞれに浅野に「お疲れ様でーす!」と挨拶してくれた。
明良が浅野に頭を下げた。浅野も「お疲れ様です。」と頭を下げた。
「いやー…良かったですよ!買い物客の皆さんも聞き入っていたというか、びっくりしてたというか…」
「確かに…この異色メンバーですからね。」
明良が笑いながら言った。
「でもいつ歌ってもドキドキする…」
圭一が椅子に座りこんで言った。
「そうよね…ほんとアカペラって難しい…。私1人が音程ずれたら皆ずれるみたいな…」
マリエが髪をときながら言った。沢原と秋本も笑いながらうなずいている。
「でもその緊張感が逆にいいんだろう。…歌い慣れた時の方が怖いんじゃないかな。」
明良のその言葉に、浅野は「なるほど…」と言った。
「さ、帰ろうか。秋本君だけバイクで悪いが、プロダクションでね。」
「はい。でも伴走しますよ。」
「バイオリンで?」
「それは伴奏…同じ発音だからってややこしいこというな、亮!」
亮のボケに秋本がつっこむ。ハンサムな2人だけに、浅野はおかしくてたまらない。
(この2人で漫才…してほしいなぁ…)
ひそかにそう思った。
……
控室を出た時、買い物客に囲まれた。当り前だろう。4人のうち、4人共が有名人なのだ。浅野は苦笑しながら、自分だけすり抜けようとしたら「握手して下さい!!」と少女に手を差し出された。
「!?え?俺?」
「浅野俊介さんでしょ?ショー見に行ったんです!チケットに「LOVE」の文字ももらいました。握手して下さい!」
「あ、ああ…ありがとう。」
浅野は照れくさかったが、差し出す手を握った。少女は嬉しそうにして走り去って行った。
それからというもの「浅野俊介だ!」と周囲が騒ぎ始めた。携帯で写真を撮る人もいる。「次のショーはいつですか!?」とまで言われた。
(俺、そんなに有名人だったか?)
浅野は思った。とにかく照れくさくて「すいません」ばかり言って、なんとかその場を切り抜けた。
「quatre(キャトル)」のメンバーもなんとか、地下駐車場へ抜けて出てきた。
「あー…びっくりした…」
浅野が言うと、圭一が隣に来て笑った。
「そろそろショーやった方がいいですよ、浅野さん。皆、期待してるのがわかったでしょ?」
「…わかったけど…よけいにプレッシャーがかかるなぁ…」
浅野が頭を掻きながらそう言うと、圭一が笑った。
その時、爆音が響いた。駐車場の柱や天井が少し揺れた。
「!!」
浅野と圭一が天井を見上げた。沢原達も驚いて辺りを見渡している。
「…なんだ?爆発か?」
明良が言った。
「とにかく外へ出よう。」
明良が車に乗るように指示した。秋本が慌てるようにヘルメットをかぶる。
そして、エンジン音をそれぞれ響かせて、駐車場を出た。
……
ショッピングセンターの外へ出て、明良と秋本は一旦、エンジンを停めた。
「!!…燃えてる…!」
マリエが思わず声を上げた。
ショッピングセンターの1階の端の方から、煙と炎が噴き出していた。レストラン街の1部らしい。
買い物客がショッピングセンターから吐き出されてきた。
悲鳴が上がり、子どもが泣きながら親に手を引かれて走っている姿や、カップルが手をつないで口元を押さえながら出てくる姿が見えた。
助手席に座っていた浅野が思わず車から降りた。
「浅野君!?」
明良が驚いて、自分も運転席から降りた。
「皆さんはここで待ってて下さい!もう誰か通報はしているでしょうが、救急車を呼んでおいて下さい!」
「浅野さん!」
圭一も降りてきたが、浅野は「だめだ!来るな!」と言い、炎に向かって走り出した。
「救急車?消防車じゃなくて?」
沢原が呟いた。圭一は浅野が何かを感じたのだと悟った。
圭一はしばらく立ち尽くしていたが、やはり走り出した。
「圭一!行くな!」
119番していた明良が、慌てて呼びかけたが圭一は走って行った。
「副社長、俺らも行きましょう!何か役に立てるかもしれない!」
「そうだな。」
全員が走りだした。
……
浅野は燃え盛る炎を見て、少し躊躇した。
(でも…この中にまだ子どもが…!)
浅野は一瞬だが、脳裏に子どもが炎の中で泣き叫ぶ姿が見えたのだ。
周りで人が見ているが、仕方ないと額に人差し指をかざし心で念じた。さすがに言葉を出すのは避けた。
すると青い炎が浅野を包んだ。浅野はそのまま炎に入って行った。
「!!やめろ!」
誰かが叫んだ。だが浅野の姿は炎の中に消えた。
「…あれ…マジシャンの浅野俊介じゃなかった?」
女性が隣の恋人に思わず呟いた。
……
青い炎に守られながら、浅野はあたりを見渡した。
(くそ…子どもの声が聞こえない。…まさか…)
最悪の事を考えながら、炎の中へ進んだ。
「!!」
突然現れた、炎の塊りが浅野を吹き飛ばした。
床に叩きつけられた浅野は、顔をしかめて起き上がった。
男が立っていた。体は炎に包まれている。
浅野は人間じゃないと思った。
「イフリートか?」
浅野が言った。イフリートとは炎の悪魔である。
「私は部下だ。イフリート様がお前ごときのために、出てきたりはしない。」
「確かにな。お前も人間に呼び出されたのか?」
「そうだ。全く面倒な話だ。」
男が、また近づいてきた。
浅野は人差し指を額にかざし念じた。
水が男の回りに絡み渦を作った。
しかし歯が立たない。さらに強い炎で水が消えた。
「無駄な抵抗を…」
男がまた近づいてきた。その度に火が強くなり、浅野を守っている炎が弱くなる。
(まずい!耐えられなくなってきた…)
あまりの炎の熱さとガスで息苦しさを感じ、意識がもうろうとしてきた。
「天使のエナジーを持っていても、所詮人間だ。私が何もしなくてもお前など…」
男がそこまで言った時、男の顔に獅子のキャトルが飛びついた。
「!!」
そしてリュミエルが浅野の体を背中から抱き、青い炎を強くさせた。