魔術師 浅野俊介8
魂だけが抜け出ているので、リュミエルの力を使えば圭一ひとりでも飛べるのだが、圭一が「何か怖い」と言ったため、リュミエルは圭一を抱いて飛んだ。
「大きい!…」
月を見て圭一が言った。キャトルが「にゃあ」と鳴いた。
リュミエルが止まって笑った。圭一は、まるで屋根から落ちた時の5歳の子どものようだった。
20歳になっても時々圭一は、今のように子供っぽくなる。それは幼い頃、親に甘えられなかった反動ではないかとリュミエルは思う。
じっと月を見ていた圭一が歌いだした。
「Fly…me to the moon…」
英語で歌っている。歌詞の通り「私を月へ連れてって」というシャンソンだ。「quatre(キャトル)」の沢原の持ち歌である。
リュミエルはじっと聞き入っていた。
歌い終わった後も、しばらく黙っていた。
すると、圭一が思い出したように言った。
「そうだ!リュミエル、メリークリスマス!」
リュミエルは面食らったような顔をした。
「天使じゃないとか…細かいことはいいじゃない!メリークリスマス!」
リュミエルは微笑んで言った。
「メリークリスマス」
圭一が嬉しそうに微笑んだ。
「こらー!そこの不良ー!」
圭一がびっくりして振り返った。
浅野が羽を広げて飛んで来ていた。
リュミエルはもうわかっているので笑っている。
「お母さんが心配してるから早く帰って来なさーい!」
浅野の声に、リュミエルと圭一は笑った。
「リュミエル、逃げて!」
「仰せの通りに。」
リュミエルは飛んだ。圭一がリュミエルの首にしがみついて悲鳴をあげる。キャトルも圭一の肩にしがみついた。
浅野が追いかけてくる。
「こらっ!暴走行為禁止だぞ!」
天空に笑い声が響いた。
…その姿を、1人の小さな少年が病院の窓から見上げていた。
「…てんしさんと、マジシャンさんだ!」
そう嬉しそうに言って、ベッドの上に立ち上がり飛び跳ねた。
……
翌日-
「俺が助けたことになってるよ…」
非常階段で新聞を読みながら、浅野が言った。
新聞の見出しには「魔術師、子供を救う」とある。
「俺じゃなくて、リュミエルなんだけどな…」
手摺りに座っているキャトルが「にゃあ」と同意した。
横に座っているリュミエルは苦笑して「いいよ別に」と言った。リュミエルは昨夜の圭一とのデート(?)で満足しているようだ。
その時、圭一が非常階段を駆け上がってきた。
「浅野さん!リュミエル!」
圭一が手に筒のようなものを持って、非常階段を駆け上がってきた。
浅野が新聞を畳んで言った
「どうしたの?圭一君。」
「これ…。病院から今届いたんです。火事で助かった子どもが描いた絵なんですが…」
「絵?」
浅野は圭一に新聞を渡し筒を受け取り開いてみた。4つ切りの画用紙にクレバスで描かれていた。
「!!…あの子…意識があったのか!?」
浅野が驚いて言った。
「リュミエル…見てみろ。」
リュミエルは不思議そうな表情をしたが、浅野の肩に飛び移り絵を見た。
「!?…」
画用紙の右半分には、金髪の男の手から青い炎が出ていて、その炎が子どもを包む様子が描かれていた。「てんしさん」と黒いクレバスで書いてある。また羽が黒ではなく白だった。
「お前のこと…天使だと思ったんだ…」
浅野がリュミエルに微笑んで言った。
リュミエルは黙って見つめている。
左半分には、炎に包まれた大きな猫(獅子ではなかった)が天井付近におり、下では、炎に包まれた男と、浅野が描かれていた。浅野のところには「マジシャンさん」とあり、キャトルの絵には「ねこさん」とある。そして炎の男には「あくまさん」とあった。
「悪魔にも「さん」がついてるよ。」
浅野がそう言って笑った。
圭一が口を開いた。
「お母さんがおっしゃるには、朝子どもが目をさましたとたん、画用紙とクレバスを持ってきて欲しいと言ったそうなんです。そして1時間もかけて黙って描き続けたんだそうですよ。お母さんはこんな夢を見たのだろうとおっしゃていましたが、浅野さんに渡してほしいと言われたそうなので、お礼のお菓子と一緒に送って下さいました。」
「子どもはお前が助けてくれたと…わかっているんだ。」
「……」
リュミエルの目から涙が零れ落ちた。
「キャトルもちゃんと描かれてるね。よかったね。」
圭一がそう言うと、肩に乗ったキャトルが「にゃあ」と嬉しそうに鳴いた。
画用紙の一番下に「はやく また しょーを してください」とかわいい字で書いてある。
だが浅野は、この子どもに対して申し訳ないと思っている。
元々は自分を殺すために炎の悪魔が起こした火事だ。
…自分がいなければ、こんなことにはならなかったのに…と思う。
(…ショーをするべきなのかどうか…)
浅野はそう悩んでいた。
(終)