東西異同
授業が終わり、コイツにしっかりと袖を握られていた俺は、一緒に電車に乗ってコイツの家へと向かっていた。
「お前の家って」
「んー?梅田の割と近く」
「戸建か?」
「んや、マンション。親父が俺生まれてすぐに買ったらしいねんけど、そん前は大阪城の近くに住んどったみたい」
覚えてないけどな、と言うコイツの話を聞きながら、やっぱり本物の大阪人なんだなと改めて思う。
そんな相変わらず俺を心的に追い詰めている関西の、しかも生まれも育ちもな大阪人と一緒に電車に乗って、さらに大阪のコイツの家に飯を作りに行ってるという今の状況が、俺は未だに信じられないというより実感が湧かない。
途中で晩飯用の材料買うためにスーパーに寄って、案内されるがままについてきた先はとある高層マンションの七階の角部屋だった。
ドアの横には金属のプレートに『環状』と彫られたものが付けられていて、何故かその下しは金色の虎のプレートも付けられている。どんな感じのものかというと、プーマのロゴのようなあんな感じの虎だ。
……なんか見たことある縦縞の服を着ていたことは、見なかったことにしておく。
「ただいまー」
「……おじゃまします」
玄関は普通。特に荒れている形跡無し。
リビングに入っても特に散らかってる様子は無かった。
まぁ掃除機掛けてる感じはしなかったが。
そしてキッチン。
流し台とか相当ひどいことになってんじゃねーかと覚悟して入った問題の場所だったが、コップ一つスプーン一本汚したものはなく、思わず拍子抜けする。
「なんだ、ちゃんと出来てるじゃねー……、か……?」
冷蔵庫の横の、一角を残して。
「……なんだこれ」
「ゴミ」
黒いポリ袋が二重に重ねてあって、その中にはプラスチック製の弁当容器やインスタントラーメンの器、割り箸、ストローの突き刺さったお茶の紙パックが大量に突っ込まれているものが鎮座していた。
もしかしてこのキレイさ、一回も食器使わずに全部買ったモンをそのまま全部捨ててたからなのか……!?
「バッカ!もったいねーことしてんじゃねーよ!」
「な……ッ、バカってなんやねん!しゃーないやろーが、皿なんか洗っとって割ったりでもしたらどないせぇゆうねんな!」
「割らずに洗えよ!」
「無理じゃ!俺は高校ん時の家庭科の時間食器類一切触るな言われてた男やぞ!」
「知るかそんなコト!」
信じらんねェ。よくもまぁこれだけ無駄遣いが出来たもんだ。
……まさか。
「お前、洗濯は?」
「あ?全部クリーニング出してるに決まってるやろ」
靴下からパンツまでってか。
当たり前やろ、とのたまうコイツに頭が痛くなってくる。
もったいない。もったいなさ過ぎる。
最低限度の生活するだけにどんだけ金使ってんだコイツは。
しかも心なしか家に入ってからコイツの口から関西弁の出る頻度が増しているような。
「なー説教とかそんなんええから、今日の晩飯なに?」
「……炒飯」
「おー焼き飯かー」
「炒飯だ!」
米を研ぎ始めた俺の手元を興味津々の目つきで後ろから眺めるコイツを「向こうでテレビでも見てろ」と肘で押しやる。
見てるくらい良いやろーと不満そうな顔をしたが、すぐに諦めたらしくリビングの方へと歩いて行った。
それにしてもこのシステムキッチンはなかなかのもんだ。デザインからして海外のブランドか?しかもオール電化だし。
炊飯器に洗った米と水の入った釜を戻してスイッチを入れ、『お急ぎ』と書かれたボタンを押す。
炊いてる間に野菜を刻んでひき肉と一緒に炒めた。
栄養偏りまくりの食生活を一ヶ月も送ってたんだ。野菜大量に入れて作ってやる。
「そーいやお前、好き嫌いとかあんのか」
「は?好き嫌い?……グリンピース?」
「……小学生か」
「なんやねん!ケンカ売っとんか!?」
「うるさい」
米が炊けるまでヒマだし、近くに置いてあった椅子に座ってリビングの方に目を向ける。
テレビでも見てろっつったのに、と思いながらソファーの上に足上げて座ってひざの上で何かの雑誌を読んでる姿をただボーっと眺めた。
ホント、黙ってたら女子高生に見えないこともないくらいの見た目なのに。
この可愛気の無さの原因は絶対あの関西弁と男気溢れる態度のせいだ。
大きな窓から差し込む夕日で赤みがかった茶色に見える髪の毛。
細い首、大学生の男のものとは思いがたい滑らかな肩のライン。やたらと長い睫毛が目元に影を作っていて、柔らかそうな薄めの唇が―――
「あ、飯炊けたみたいやな」
「―――っ!」
突然コッチを向いてきたのに驚いて、思わず息が止まる。
俺、今、何考えてた……?
「どないしてん」
「……あ、いや。ちょっとボーっとしてただけだ」
「ふぅん」
何か考えているように俯いたコイツを一瞬目の端に捉えてから、コンロの前に戻って眼鏡を外して目頭を押さえる。
しっかりしろ。何バカなこと考えてんだ俺。
熱したフライパンに油をひいて溶いた卵を流し込む。半熟の間に炊けた米を放り込んで絡めるように炒めて、先に炒めておいた具を入れて混ぜた。
コンロの火を止めて食器棚から大きめの皿を取り出す。
「おい、出来たぞ」
「おー」
皿に盛ったチャーハンをソファーの前に置いてあるテーブルの上に二つ並べる。
レンゲなんてどこにあるのか分かんねーから、代わりにカレー食べる時に使うような大き目のスプーンを皿の横に置いた。
「スゲ。なぁ、食ってえーか?」
「ちゃんと座って食えよ」
わかってるよ、と雑誌をソファーの上に放置して床に座り、両手を合わせて「いただきまーす」と言ってからスプーンに目一杯乗せて頬張った。
「……どーだよ」
「……、めっちゃウマイ」
「トーゼンだな」
「あー幸せー!なんなんお前、めっちゃ料理上手いやんかぁ」
「お前が出来なさすぎんだよ」
飲むように口の中に掻き込んでいく様子は、マジで外で遊んできたばっかのガキみたいで。
こんだけ美味そうに食われると、やっぱちょっとは嬉しいもんなんだな。
「お前、食わんの」
「ん?あぁ、今から食べるよ」
「…………」
ピタリと黙ったコイツに、俺は掬おうとしていたスプーンを持つ手を止めた。
「……おい?」
「あのさ」
顔を上げた大きな目と目が合う。
一瞬シンとした空気が部屋を満たした後、目の前の形のいい唇が動いた。
「お前、ウチ住めよ」
は?……おまえ、うちすめよ……?
「はッ?」
「だってお前、今住んでるとこが合ってないからしんどいんやろ?せやったらウチ来たらそれも含めて全部解決じゃね?」
「全部って」
「お前は寮が合ってなくて料理が出来る。そんでもって俺は家に一人で料理出来ひん。お前がウチに住みゃ、お前はあそこから出て行けて部屋代も払わなくて済むし、俺は美味い飯にありつける。どーよ?一石数鳥やろ」
話を半分以上理解出来てない俺を無視してガンガン話を進めるコイツの前に「ちょっと待て」と手を突き出した。