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インフルエンザで過ごす夜

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 天野光はこのマンションの階下に住む克紀の後輩だ。遙の息子松本王子の同居人でもある。遙のことも克紀のことも嫌ってはいるが、決して逆らいはしないだろう。
 「待……て…」
 ベッドから立ち上がりかけた遙の手を克紀は掴んだ。
 ――行かせない。
 克紀に手を出し損なった遙が、光に嫌がらせの一つもしないで済ませるとは思えない。遙の嫌がらせは拷問に等しい、訓練を受けた者でも容易く泣きを入れる。子供に堪えられるような生半可なものではないのだ。
 「は…るか」
 克紀は渾身の力を振り絞って腕を上げた。遙へと手を差し伸べる。
 立ち上がりかけていた遙は、驚いて腰を落とした。克紀が彼を名で呼ぶなど初めてのことだったからだ。
 潤んだ瞳が彼を見上げる。
 「おいおい、いよいよ脳みそ沸いちまったのか?」
 遙は嬉しそうに克紀に覆い被さった。
 克紀の腕が遙の首に回される。
 「あち」
遙は首筋に克紀の体温を感じて目をぱちくりさせた。
――四十度超えてやがる。人間の体温じゃねえな。
 「は……る…か…」
 すぐ目の前で薄い唇が彼の名前を紡ぐ。
 「克紀、寝て覚めて忘れたはなしだぞ」
 克紀は返事の代わりに遙を引き寄せた。自分から唇を合わせる。
 遙はその乾ききった唇に吸い付き、舌でなぞり、丁寧に舐め上げた。緩く開いた唇の間から熱を帯びた舌が遙の舌に絡んでくる。
 ――こいつぁ……。
 思いのほか積極的な口付けに遙は腰が疼くのを感じた。
 克紀の頬に手を添え、貪るように唇を吸い上げ、頭を抱えるように首筋から髪の毛に指を埋める。
 拒絶はない。
 それどころか、どちらがどちらを攻めているのかわからないほどに克紀の反応は攻撃的だった。
 ――キスだけでイケそう…克紀――――。
 遙は克紀とのせめぎあいに酔いしれた。
 普段はお互いどうやって傷つけるかばかり考えている相手だ。求めてくることなど絶対にありえない。
 冷静冷淡冷血冷酷――克紀を表す言葉はどれも冷たく鋭い。冷えた金属のように触れるものを冷たい痛みで抉る。彼が遙のために用意する罠はどれもいつも、立つことも困難にさせられるほど苛烈なものだ。プライドが高く他人の儘になるくらいなら自分ごとでも相手を切り刻んで始末するだろう。