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シテン

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 相沢さんと別れた帰り道、緊張で喉が渇いていた事に気付いてコンビニに立ち寄った。ここの目の前を走る道路は、この辺りでは一番幅がある、中央に白線が引かれた一車線の対向道路。コンビニの周りは田んぼと畑に囲まれていて、その向こうには人家とだだっ広いグラウンドが見える。田舎だ。本当に何もない、田舎だ。平日の午前中は老人会のゲートボール場になり、休日には少年野球の練習場になるグラウンドは、今はリードを放して犬を散歩させている中学生ぐらいの女の子が独占していた。
「よう、浩輔。お前も、今帰りか?」
 コンビニから出てきた博也(ひろや)が言った。博也は僕の幼なじみ。小学校からの腐れ縁で、こいつも岩世高校に通っている。中学からずっと陸上をやっていて、走り高跳びの選手だ。背が高く筋肉質で、声もデカイ。短く刈られた髪と健康的に日に焼けた肌は、スポーツ選手である事を容易に想像させる。
「ああ、そう。なんか喉渇いて。選択の余地なし、でこのコンビニしかないからな。誰かに会うとは思ってたけど――お前に会うとは。今日は、早くないか? 部活は?」
 家から学校までの間には、このコンビニしかない。選択の余地なし、とはそういうことだ。このコンビニだって僕が高校に入る数年前にできたばかりで、これが無ければ夜には異常に広い間隔で設置された、決して明るいとはいえない外灯がともるだけだ。
「終わった。というか、自分の中で区切りがついたから、帰ってきた」
‘いちごミルク’と書かれた可愛らしいピンク色の五〇〇mlの紙パックにストローをさしながら、博也は言った。
「お前……それ、激甘だろ? よく飲めるな」
と、僕は顔をしかめた。
「そうか? うまいぞぉ……」と、博也がいちごミルクをこっちに渡してきそうなタイミングで「いらない」と断り、博也の「飲むか?」は、空中に浮いた状態で流れていった。
 下校中の買い食いにあんまり免疫のない僕は、自分が何を飲みたいのかもよく分からなかった。博也の真似をして五〇〇mlの紙パックコーナーに行き、いちごミルクは素通りして麦茶を手に取った。レジで精算を済ませ、ストローを貰い外に出る。
「麦茶かよ。面白くねぇな」

 博也は入口から一番遠い駐車スペースの車止めに腰を下ろしていた。そして、人の買った飲み物に文句を言いながらも、一口くれと言ってきた。満足するまで飲んだ僕は、麦茶の紙パックを博也に差し出した。いちごミルクなんて飲んだから余計に喉が渇いたんだ、と言ってやりたかったが止めておいた。牛乳に果汁〇パーセントの苺フレーバーがついたシロップ盛り沢山のそれは、運動をした後に飲む飲み物としては、最低最悪、そいつの神経を疑ってしまう選択だ。
「俺にとっては早いけど、浩輔にとっては遅い帰りだよな?」
 人の麦茶を美味しそうに飲みながら、博也は言った。もうすでに空になっているであろういちごミルクの紙パックは、足元のアスファルトの上に置かれていた。
「ああ、だな。デートの帰り」
 自然に頬が緩んだ。自分で言いながら、恥ずかしかった。恥ずかしくて、顔が赤くなっていくのが分かる。
「いつの間に! ――抜け駆けか? 誰の許可を貰って、そんな事をしているんだ?」
「抜け駆けなんてしてないし、誰かに許可を貰うもんでもない」
「いや、俺の許可はいるだろう? 幼なじみを一人置いて、帰り道デートをしてもいいか、とか。休みの日に俺の誘いを断って彼女と遊ぶことになるだろうから、とか。……自分だけバラ色、スイートな高校生活を送る気だな」
 冗談口をたたきながら、博也はニヤニヤと笑っていた。
「そんな許可は必要ないだろう。しかも、お前にだけか? ……正直、まだ付き合ってはいないし。僕に興味があるのかさえ――いまいち分かんないんだ。顔ぐらいは覚えてくれたと思うんだけど……なぁ」
 自信のなさが言葉の端に出てしまった。実際、相沢さんに話しかけてから別れるまで、僕の名前は呼ばれなかったし。中央病院では羽田先生に会っちゃって、ゆっくり話もできなかったし。そう考えたら今日のデートは、デートと思っているのは僕だけかもしれないが……相沢さんにはつまらなかったんじゃないだろうか? 羽田先生の事も説明してないし。
 自己嫌悪に陥って百面相をしていた僕に、大丈夫かと肩に手を置いて博也が言った。
「今日が初めてだったんだろ? 初日から大成功を収められたんじゃ、腹が立つからな。次で挽回すればいいんじゃねぇの? お前は良い奴だ。安心しろ、俺が保証してやる」
 持つべきものは友達だな。なんだかんだと言いながら、応援してくれているらしい。心強くなった。
「振られたら、笑ってやる。大声で」
と、声を上げて笑いながら僕の肩を力任せに二回も叩いた。痛い。こんな奴を幼なじみに持った自分が可哀そうに思える。心強くなった気持ちは、一瞬で遥か彼方へと消えていった。

 衣替えにはまだ間がある。それでも、真っ黒い学ランを着て自転車を漕ぐには暑い。博也にいたっては、部活で汗をかいて学ランに袖を通す気にもなれなかったのだろう。アシックスの小さなロゴが左胸に入ったTシャツをだらしなく着て、学ランは自転車の前カゴの中に無造作に突っ込まれていた。
 僕も上着を脱いで、自転車のハンドルに掛けた。長袖のカッターシャツの裾をズボンから引っ張り出すと、日が落ちてきて少し冷えた風を感じた。自分の細く白い腕や身体が、白い布を透しても分かった。なんとなく博也と比べてしまった。はあ、男らしくは……ないな。性別だけを問われれば胸を張って言えるが、見た目で判断されるとなると――――中学男子でも通ってしまう気がする。小さかった頃に僕に投げかけられた形容詞は、女の子や犬猫に向けられる「可愛い」に至極近かった。今では面と向かって言う奴はいないが、僕のいない所では何を言っているかなんて分からない。‘可愛い’は僕にとっては褒め言葉でも何でもない。鬱陶しいだけだ。
 一目ぼれしました、と告白された相沢さんは、僕の外見にはこれっぽっちも反応しなかった、と思う。これじゃあ、仕方がないか……。僕の外見を見てくれと言ったところで、全く説得力がない。
「今日、放課後に告白したんだ」車止めを蹴飛ばしながら僕は言った。「一目ぼれしましたって。そしたら彼女は、なぜって訊いてきてさぁ。なぜ? だぜ。外見だけ見て好きになるってどんな感じかって。興味があるのは外見だけって事ですよねって。本当に不思議そうに訊いてきたんだ」
「どんな女だ、それ? 嫌味か?」
 博也は飲み干した麦茶のパックをいちごミルクの横に並べて言った。
「いや、そんな感じはなかった。僕はそれを面白いと思ったし。もっと彼女の事が知りたいと思ったんだ。彼女を美化してたわけじゃないけど、想像とはちょっと違ってた。でも、いい意味でずれてたんだ。だって、なぜ? だぜ。YESでもNOでもなく、告白が質問で返ってきたんだ。だから、彼女が答えを見つけるまでは一緒にいられる……と思う。僕の事を好きになるかどうかは別の話だけど――」
作品名:シテン 作家名:珈琲喫茶