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シテン

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 転機はいつだったんだろう? たぶん、あれだ。二年前の正月。姉も家にいて、家族五人がそろっていた正月だ。台所のテーブルに兄弟三人……姉妹というべきか、で座っていた。姉も私も兄が女になった事に馴染んできていて、上二人はガールズトークで盛り上がり、私はそれを黙って聞いていた。父親は隣のリビングでコタツに入りながら、一人でみかんを食べていた。母親は毎年恒例の雑煮を五人分、一人二杯は食べられるようにと大きな鍋で作っていた。
 雑煮をよそいながら母親が言った。
「お父さんも、こっちで食べたら?」
 私たち三人の前といつもの父親の席に、熱々の湯気がたった雑煮が並べられた。誕生日席には母親が座った。その左隣、一か所だけ空席になっているテーブルはいつにも増してバランスが悪く、誰かが席を立ったらそこにあるもの全てがバラバラになるのではないかと思った。
 そのバランスを崩したのは、兄だった。二人分の雑煮を持って立ち上がり、コタツに座っていた仏頂面の父親の目の前に一つを置いた。兄は父親の対角の場所に座り、黙ってもう一つの雑煮を食べ始めた。姉がそれを見て「あっちで、皆で食べよう」と提案した。四年ぶりに家族全員が食卓を囲んだ、記念すべき日になった。全てがバラバラになりそうだった空気は、コタツの熱で温められ上へ上へあがっていった気がした。兄と父親は一言も会話を交わすことはなかったが、それ以降、父親は兄がいても同じテーブルで食事をするようになった。
「お父さん、寂しかったのよ。一人だけの息子が女になっちゃって、この家で男が自分一人になっちゃったでしょ? しかも、歩み寄り方が分かんないから、子供みたいに拗ねちゃって――――ホントに、手がかかったわ」と、それから後に母親が姉に愚痴っていたのを聞いた。「いい息子が、いい娘になったわ」とも言っていた。その時の母親は、とても嬉しそうだった。

 そんな自慢の兄は、私の制服を着て満足げにポーズをとっている。
「早く、撮ってぇ。こんなのがいいかな。あ、これもいいねー。――と、後で選べばいいから、いっぱい撮っといてよ」
 グラビアアイドルもお手上げのぶりっこオーラを振り撒き、あらゆるポーズを試している。デジカメの画面で兄の動きを追いながら、私はシャッターを押していた。兄は、そのたびに光るフラッシュで目が眩んだのか、時折きつく瞼を閉じて長い瞬きをしていた。
 制服を着てはしゃぐ兄は、私よりも高校生らしく、私よりも女らしかった。
「サクラちゃん。一目ぼれってしたことある?」
 シャッターを切りながら、私が訊いた。
「何? 突然、どうしたの? あー分かった。圭子、好きな人ができたんだ? どんな人? かっこいい? 名前は? 年上?」
 怒涛のように浴びせられた質問に、しまったと心の中で舌打ちをした。聞く相手を間違えた。
「いや、何でもない。忘れて」
 カメラを押し付けるように兄に返して、お風呂に入ると言ってその場から逃げた。後ろから「なんでー。気になるじゃーん」と兄の声が追いかけてきたが、無視して階段を下りた。

作品名:シテン 作家名:珈琲喫茶