シテン
「はい。昨日の夜は、いつもと変わらずに食べていました。気分が悪いと言ってきたのは朝になってからです。今朝は、というか昼近くですけど、お粥一人前は食べました。食欲がないって本人は言ってましたけど」
「まあ、食べたなら……いいんだがな。今日の夜も食べられそうか?」
僕の顔を覗き込んで、先生は訊いた。首を縦に振る。
「じゃあ、点滴はやめておこう。注射を一本だけ打って、薬出すからな。ちゃんと飲めよ。もし食べられなかったら、明日は点滴だからな」
病院の狭くて寝苦しい簡易ベッドでする点滴は、病気じゃなくても病気になりそうな居心地の悪さがある。それだけは避けたくて、はっきりと二度も頷いた。
「じゃあ、明日。朝の方がいいですよね?」
先生は母に向き直って、明日の診察の予約時間について話し始めた。
僕の仕事は、これからだ。尿検査用の名前の書かれた小さな紙コップを受け取って、検査専用のトイレに入る。小さいころから数え切れないほどこなしてきた検査だが、他人に自分の尿を見られるっていうのはやはり恥ずかしい。トイレの壁にある約三〇センチ四方の窪みに紙コップを置いてくると、反対側からスライド式の扉が開いてそれが回収される仕組みになっている。小さい頃はよくそこに、自分のモノをこぼしていた。汚い話だが、あの小さなコップに尿を上手く入れられる子供はそんなに多くないはずだ。
廊下に戻ると、母はすでに待っていた。外はパラパラと弱い雨が降り出していて、窓の外では中庭がしっとりと濡れていた。雨だから今日は来ないんだろうな。昨日は相沢さんと一緒だった中庭を、次の日にこんな形で再び見る事になろうとは。告白した次の日から学校に行けない自分が情けなくなった。昨日から、考え方がどんどんネガティブになっている。底なし沼にはまったみたいに、もがけばもがくほど深みに落ちていく気がする。何でもない事が、今の僕には重大事件だ。