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変色

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 それから俺の治療生活が始まった。とは言っても肌が変色するだけで他に異常は無いから、仕事は左手を手袋で隠しながら続けている。同僚たちには火傷をしたと言って変色のことは隠していた。変色のことであまり心配をかけさせたくない。
薬は毎週病院から出されたものを飲むなり塗るなり打ち込むなりしているが、どの薬も一向に肌を治せるものは無かった。そして左手が真っ赤に染まるころには右手と左足も黄色くなった。
 このころになるとさすがに肌のことを隠すのが難しくなってきた。俺は隠していてもいつかはばれると思い、ある日手袋をせずに会社へと向かった。だが通行人や同僚は俺を奇異の目で見つめてきた。あの指先の赤みを指摘してくれた同僚でさえも俺とは距離をとっていた。
 多少の覚悟はしていたものの、俺はどこかで説明すれば分かってくれるだろうという思いがあった。だが結果はこれだ。何故こんな目で見られるのは分かっている。病気の原因が分からないからだ。皆感染するのではという疑いを持っているのだろう。俺は程なくして会社を辞めた。

 数週間後、もうすぐ冬になるころには俺の肌は全身赤くなっていた。外に出るにも肌を全て隠さなければならない。医者はそれまでさまざまな薬や治療法を試したり専門家に話を聞いてみたりしてくれたが、どれも効果は無かった。医者はいつものようにカエデを眺めた後俺に言った。
 「これまでさまざまなことを試してみましたが、どれをやってみても何一つとして原因も治療法も分かりません。真に申し訳ないんですが、私があなたにしてあげられることはあとひとつしかありません」
 医者は封筒を差し出した。
 「私が信頼する医者の友人の紹介状です。力になれなくて本当に申し訳ない」
 俺は無言で封筒を見つめた。こんなに力になってくれた医者がお手上げだというんだから、もう治療法は無いと言われているようなものだった。俺はぎこちない笑みを作る。
 「いいですよ。あなたは俺のために最大限の力を尽くしてくれた。それだけで十分です」
 俺は封筒を片手に病院を後にした。

 そのあと夜中まで飲み続けた。肌が変色してからは医者から禁酒を言いつけられていたが、直らないんだったらそんな言いつけに意味は無い。ほとんど肌は見えていたが酒を飲んでいれば赤い肌も少しは目立たなくなるだろう。
 深夜、ふらふらになりながら帰路についていると人気の無い通りに出た。通りには街路樹ぐらいしか生えていない。俺は街路樹に近づくと周りに人がいないのを確かめ、ポケットからナイフを取り出し、幹に何度も突き刺した。
 俺は昔からストレスがたまると、こうやって木にナイフを突き刺し気晴らしをするという癖があった。もちろん犯罪だろうが、まるで罪悪感は無い。人や動物であればさすがにそんなことをする気にはなれないが、相手は木だ。感情も心も無い。物と同じだ。そんな物を傷つけてどこに問題がある? 動物を傷つけるよりはるかにいい。
 木の皮がだいぶめくれ、気が済んだ俺は家に帰った。家に着くと留守電が入っている。あの医者からだ。俺は再生ボタンを押す。
作品名:変色 作家名:ト部泰史