変色
その異変に気づいたのは風呂に入っていたときだった。左手が黄色っぽく変色していたのだ。
アジア人は黄色人種なんて言われるがそれにしても黄色すぎる。最近飲みすぎたりすることが多かったからそのせいかとも思ったが、飲みすぎて肌が黄色くなるなんて聞いたことも無い。他にも秋になり寒くなってきたからだとか、どこかに腕をぶつけたからなどとも考えたがどれも腕の変色を説明付けるものが無かった。
腕は特に痛むわけでもなく色もそれほど目立たないから、俺は特に気にすることをやめてその日はもう寝ることにした。
それから数日後。俺は腕の変色にも慣れてしまって普段と変わらず仕事を続けていた。そんなある時同僚が俺の左手を見て言った。
「どうしたんだ? その手」
「ああ、大丈夫だよ。なんか知らないけどちょっと黄色くなってるだけだから」
「でも指先赤くなってるぞ。血ぃ出てるんじゃないか?」
そう言われて改めて自分の左手を見てみると、前よりも肌が黄色くなっていてさらに指先が少し赤みがかっていた。まさか――。俺は心配する同僚を置いてトイレの個室へと急ぎ、上半身裸になった。左腕を見ると肩のところまで黄色くなっている。前は肘までだったのに。
変色は進行していた。
俺はさすがに不安になったので、会社を早退して大学病院へと向かった。しかし皮膚科に行ったものの原因が全く分からず、医者はただ首を捻るばかりだった。
その後も内科、外科、形成外科、耳鼻科、放射線科、泌尿器科、果ては精神科までも回されたが、どこに行っても答えはひとつ「どんな検査をしてもどこにも異常は見られない。申し訳ないが何故そんな風に皮膚が変色するのか分からない」だそうだ。
医者に分からないことがあっていいのか、と怒りたくなる気持ちを抑えもう一度皮膚科へ向かった。医者はまたかという顔つきで面倒臭そうに他の病院の紹介状を書いてくれた。この辺りでは一番腕のいい皮膚科医なのだそうだ。
皮膚病でもなくガンでもない。いったいなんなんだこれは。俺は左腕を気味悪く思いながら見つめた。指先の赤みが第一関節まで達していた。
翌日。会社を休み、紹介された病院へと向かう。この病院でも昨日やった検査とほとんど同じ事をした。検査の途中、医者や看護師の顔を見ると、皆これまた昨日の医者たちと同じ顔をしている。腕のいい医者でも分からないのだろうか。俺は酷く落胆した。
診察室に通されると医者は窓の外のカエデを眺めていた。少しの間無言だったがおもむろに口を開いた。
「最近お化けモミジが傷つけられたらしいですね。酷いことをする人がいるものですよ」
お化けモミジとはこの町にある樹齢数百年という大樹だ。秋になると、いくつにも分かれた枝から伸びた葉が真っ赤に染まり、幹の巨大さも相まって、さながらお化けのように見えることからそんな名がついた。お化けモミジを見た人の中には「あの木には精霊が宿っている」なんていう伝説を信じている人もいる。俺はそんなオカルトじみたモミジが前から好きではなかった。
だがそれと俺の腕とは関係が無い。たぶん話をそんなに深刻にしたくないんだろうが、今お化けモミジの話をされても苛立たしいだけだ。
「それで、俺の腕はどうなんですか」
医者はため息をつき答える。
「正直に言いましょう。分かりません」
やっぱりか。俺は絶望した。しばらく話す気がしなかったがだんだんと怒りが湧き起こってきた。
「何が分からないだ! あんた医者だろ? 軽々しくそんなこと患者に言っていいのか! みんなそろいもそろって同じ事言いやがって。ふざけんな!」
「落ち着いてください。こちらも最善の努力はします。いくつか薬をお出ししますから。だけどそのために毎週うちに来てください。こちらの努力もそうですが、あなたの協力も無ければ治るものも治りません」
そこまで言われてやっと落ち着いた。医者の顔を見るとまっすぐと俺の目を見ている。嘘をついている目ではない。俺は左手を見てみた。昨日よりさらに変色は進んでいる。
「……よろしくお願いします」俺は頭を下げて言った。
アジア人は黄色人種なんて言われるがそれにしても黄色すぎる。最近飲みすぎたりすることが多かったからそのせいかとも思ったが、飲みすぎて肌が黄色くなるなんて聞いたことも無い。他にも秋になり寒くなってきたからだとか、どこかに腕をぶつけたからなどとも考えたがどれも腕の変色を説明付けるものが無かった。
腕は特に痛むわけでもなく色もそれほど目立たないから、俺は特に気にすることをやめてその日はもう寝ることにした。
それから数日後。俺は腕の変色にも慣れてしまって普段と変わらず仕事を続けていた。そんなある時同僚が俺の左手を見て言った。
「どうしたんだ? その手」
「ああ、大丈夫だよ。なんか知らないけどちょっと黄色くなってるだけだから」
「でも指先赤くなってるぞ。血ぃ出てるんじゃないか?」
そう言われて改めて自分の左手を見てみると、前よりも肌が黄色くなっていてさらに指先が少し赤みがかっていた。まさか――。俺は心配する同僚を置いてトイレの個室へと急ぎ、上半身裸になった。左腕を見ると肩のところまで黄色くなっている。前は肘までだったのに。
変色は進行していた。
俺はさすがに不安になったので、会社を早退して大学病院へと向かった。しかし皮膚科に行ったものの原因が全く分からず、医者はただ首を捻るばかりだった。
その後も内科、外科、形成外科、耳鼻科、放射線科、泌尿器科、果ては精神科までも回されたが、どこに行っても答えはひとつ「どんな検査をしてもどこにも異常は見られない。申し訳ないが何故そんな風に皮膚が変色するのか分からない」だそうだ。
医者に分からないことがあっていいのか、と怒りたくなる気持ちを抑えもう一度皮膚科へ向かった。医者はまたかという顔つきで面倒臭そうに他の病院の紹介状を書いてくれた。この辺りでは一番腕のいい皮膚科医なのだそうだ。
皮膚病でもなくガンでもない。いったいなんなんだこれは。俺は左腕を気味悪く思いながら見つめた。指先の赤みが第一関節まで達していた。
翌日。会社を休み、紹介された病院へと向かう。この病院でも昨日やった検査とほとんど同じ事をした。検査の途中、医者や看護師の顔を見ると、皆これまた昨日の医者たちと同じ顔をしている。腕のいい医者でも分からないのだろうか。俺は酷く落胆した。
診察室に通されると医者は窓の外のカエデを眺めていた。少しの間無言だったがおもむろに口を開いた。
「最近お化けモミジが傷つけられたらしいですね。酷いことをする人がいるものですよ」
お化けモミジとはこの町にある樹齢数百年という大樹だ。秋になると、いくつにも分かれた枝から伸びた葉が真っ赤に染まり、幹の巨大さも相まって、さながらお化けのように見えることからそんな名がついた。お化けモミジを見た人の中には「あの木には精霊が宿っている」なんていう伝説を信じている人もいる。俺はそんなオカルトじみたモミジが前から好きではなかった。
だがそれと俺の腕とは関係が無い。たぶん話をそんなに深刻にしたくないんだろうが、今お化けモミジの話をされても苛立たしいだけだ。
「それで、俺の腕はどうなんですか」
医者はため息をつき答える。
「正直に言いましょう。分かりません」
やっぱりか。俺は絶望した。しばらく話す気がしなかったがだんだんと怒りが湧き起こってきた。
「何が分からないだ! あんた医者だろ? 軽々しくそんなこと患者に言っていいのか! みんなそろいもそろって同じ事言いやがって。ふざけんな!」
「落ち着いてください。こちらも最善の努力はします。いくつか薬をお出ししますから。だけどそのために毎週うちに来てください。こちらの努力もそうですが、あなたの協力も無ければ治るものも治りません」
そこまで言われてやっと落ち着いた。医者の顔を見るとまっすぐと俺の目を見ている。嘘をついている目ではない。俺は左手を見てみた。昨日よりさらに変色は進んでいる。
「……よろしくお願いします」俺は頭を下げて言った。