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一歩でも遠くへ

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第3章 “英雄”の詩(うた)



 土埃が舞い起こる、国の中ほど近くにある渓谷。
 そこは昔、二つの民族が争い合い血を流した要所にして不落の要塞と呼ばれていた。

 ――しかし、それも昔の話。ここまで押し込まれると思っていなかったらしい独裁者たちは、あろう事か重要拠点である渓谷の砦の修復を行っていなかったのである。
 補強が遅れたため、2重に囲っていた外壁のうち外側の壁は脆くも崩れ去り、後には残骸が残るばかりだ。

 すでに国土の3分の1以上が敵の手に渡り、敗戦はより色濃くなった。
 国民の多くが辺境へ引っ越したり、近隣の国へ逃亡しているという噂は、戦地にも広く知れ渡っていた。
 最前線である渓谷の砦も例外ではなく、脱走兵も現れ始めていた。
 見付かれば公開処刑となるのに、それでも脱走するものは後を絶たない。

 しかし大半は、脱走する事もままならないまま、ただ数を減らしながら疲弊していく。
 敗戦という目に見える確実な結果に気付きながら、それでもこの場から離れることの出来ない状況に陥っていた。

 それが何のためなのか、おそらく本人たちにも分からないまま――。



 夜――。
 渓谷の砦は奇襲に怯えながらも、多くの兵たちは日頃の疲れから浅い眠りに就いていた。


「あれ、いない?」

 見張り番が終わりようやく眠れると思って部屋へ戻ると、上官であり同室者の姿が見当たらない。
 明日また前線に立つことになるだろうというのに、どこに行ったのだろう。

「まさか脱走……とかじゃないよね」

 見渡せば荷物も置きっぱなしだし、状況から考えて脱走ということはなさそうだけれども。

「もぉ、どこ行っちゃたの“英雄”サマ!」

 副官の俺の身にもなってよ、と長身の身体から情けない声を発しながら青年は外へと続く廊下を歩き始めた。

 20分ほど歩き回っていると、人の気配の少ない通路に目的の人が立っていた。
 敵国側ではなく自国側を見つめている。
 声をかけづらい目をしていたが、意を決して声を張り上げる。

「見つけた。こんな所にいたんスか?」
「ああ、お前か。何かあったのか?」

 どこか遠い目をしていたのに、声に反応してこちらを向く頃にはいつもの強い目に戻っていた。

「何かあったのかじゃないですよ。俺一応副官なんですよ?上官にいきなり消えてもらっちゃ困ります。俺が処罰されるじゃないですか」

 口を尖らせて言ってもこの上官は軽く笑うだけで真剣に取り扱ってくれない。
 まぁこちらも真剣に考えて欲しくて言ったわけではないからいいのだけれど。


 俺の言葉にひとしきり笑った後、上官で“英雄”サマはまた遠い目をして闇夜を見つめた。
 余談だが、軍に入ってからの友人によると、俺の使う“サマ”は畏まっていないらしい。
 その友人もお互い様だと思うのだが。

「……弟さんのこと、思い出してたんスか?」

 沈黙に耐え切れなくて呟くと、彼は苦笑してからこちらを向いた。

「相変わらず直球だなぁ。そうだけど、他の連中がいる時にはそういうこと言うなよ。
 なんたって俺は“将軍閣下”の“一人息子”なんだからな」
「わかってますよ、俺だってそこまで馬鹿じゃないですから」

 むくれて言えばまた軽く笑う。
 いつだったろう、この人が“英雄”と呼ばれるようになって、“将軍閣下の息子”にまでなっていたのは。

 また闇夜を見つめ始めた彼は動くつもりが無いのだと悟って、動き出す気になるまで俺も付き合うことにした。


 最初会った時は、彼は俺が入った小隊の隊長だった。
 重要な隊ではなかったけれど、筋肉が付いてるとはいえ小柄な彼が小隊長だと知った時は驚いたものだ。
 なめてかかった他の連中は軽くぶん投げられて、俺も精一杯かかっていったけど、軽く足を払われた。

 強くて、それでいて優しい隊長に、田舎から出てきたばかりの人間で組み立てられた俺達の小隊はすぐに彼を慕った。
 そんなときだった、あの作戦が言い渡されたのは……。



 一般素人で、頭もあんまり良くない俺から見ても、その作戦は玉砕せよと言われているのがわかるような代物だった。
 逆らうことは自分だけでなく故郷に残した家族までも巻き込むことになるから、そんなことは出来るはずもなくて。
 そんな時、沈んでいた俺達に『ひとりでも多く生き残ろう』と言ったのは隊長だった。

 はっきりとしたことは覚えていない。
 隣をついさっきまで走っていた奴が突然視界から消えたり、女性の名前を叫ぶ声が聞こえたり、左足に走った熱い感覚、そんな断片的なことだけが思い出される。

 約20人いた小隊で生き残ったのは6人、五体満足だったのは俺や隊長を含めて3人だった。
 それが俺と小隊長だった“英雄”、そして今は違う隊に属している友人だ。
 生き残ったほかのメンツのうち2人は田舎へ帰り、片足を失った1人は医療班に属しているらしい。

 あの時俺達は全員死ぬはずだった。
 作戦を練ったあの時の上官だってそのつもりだったのに、俺達は全滅を免れた。
 その時からだ。われらが隊長の周りがおかしくなったのは。

 あの時助かったのは何か大きな違いがあったわけじゃない。
 ただ敵軍の奴ら自陣内で爆弾を爆発させてしまって、それで慌てふためいてる所に突っ込んだだけだ。

 実力でも何でもないのに、俺達はここから抜け出せないでいる。

作品名:一歩でも遠くへ 作家名:papama