一歩でも遠くへ
「そういやお前、兄貴がいるっつってたっけ?」
「いるっスよ、多分隊長と同い年くらいじゃないですかね?むちゃくちゃ厳しい人で、ガキの頃はよくしごかれました。」
不意にこっちを向いた隊長が話しかけてきた。その言葉に自分の兄の姿を思い出す。
「へぇ、どんな兄貴だった?」
「そうですねぇ、むっちゃ頭よかったですよ。でも身体が弱くて。その割に運動好きだから時々倒れちゃったりして。
――この戦争が始まらなければ大学も推薦受けて通うはずだったんですけど。
んで、情に厚い人でしたよ。俺がこっちに来るときも自分の体が強ければって泣いてました。
すぐ怒る人でしたけど、でもすごく優しくて、俺の自慢の兄貴です」
満面の笑みを浮かべて言えば、彼は自分も嬉しそうな笑みを返してくれた。
性格とかはぜんぜん違うけれど、彼を見ているとふと兄のことを思い出す。
「隊長は弟さんがいるんでしたよね。どんな人ですか?」
「そうだなぁ。お前の兄貴と一緒で身体が弱くてな。俺は大工やって、あいつは内職やって食ってた。
あいつ料理上手いからさ、俺が一人前になって資金も貯まったら1階を改装するか、新しく家建てて食堂でも経営するかって話もしてたな。
年はお前くらいで、多分身長も同じくらいあるんじゃねぇかな?イヤにお喋りで口うるさい奴だったけど」
弟さんのことを話す隊長はとても楽しそうで、きっと俺も同じような顔して兄貴のこと喋ってたんだろうなぁと見当をつける。
「あ、そうだ。戦争が終わって一段落ついたら、お互いの兄弟連れてまた会いましょうよ。
うちの兄貴と隊長気が合いそうですもん。俺と同じくらいの弟さんとも会ってみたいし」
俺が唐突に振り向いて言うと、隊長はキョトンとしたまま固まっている。
ここぞとばかりに俺は念押しした。
「いいでしょう?そしたらどっちかの町に移り住んで、隊長に俺や兄貴の家建ててもらって、俺達は弟さんお店の常連客になるんです」
自信満々といったように胸を張っていえば、隊長はキョトンと言うより呆然とした顔をして俺を見ている。
よし、押されかけてる。もう一押し。
「駄目ですか? 俺、いい案だと思ったんですけど……」
うなだれて隊長の顔を覗き見る。兄貴には酷評だったが、故郷に弟さんを置いてきたって言う隊長には厳しい仕草らしい。
元来甘えられたら弱いだけなのかもしれないが。
「………考えとくよ」
「ええ?! 決定事項じゃないんですか?」
部屋に向かって歩き出しながら隊長が呟くのに猛抗議するが、隊長は笑うだけで振り返ってもくれない。
「絶対約束取り付けますからね」
声を低くして言っても肩を竦めるだけでさっさと歩いていってしまう。
まぁいい。時間がいくらあるか分からないが、希望0、というわけではなさそうだ。
まだ夜明けには遠いらしく、その上新月なので空は真っ暗だ。
チラチラと光る星たちを見つめて、漠然とした未来を想った。