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一歩でも遠くへ

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終章 果たされた、約束



 ――兄の死後、年若い将校が反乱を起こし、わずか4ヶ月で戦争は幕を閉じた。


 終戦後、俺は避難地で知り合った女性と戦火を免れた故郷で挙式を挙げた。
 子供も産まれ、終戦から5年ほど経ったある日、親方の下に砦の近くに教会を建てないかという話が舞い込んできた。
 まだ子供が幼かったから家族は連れて行けなかったけれど奥さんに家族のことを頼み、雑用でもいいからと親方を説得して俺も砦へと向かった。

 砦に着いて戦地を見て回ったが、砦付近は奇麗に整地されていた。
 既に集団墓地は建てられていたが、反戦の意志として教会を建てないかという意見はずっと出ていたらしい。
 その話を小耳に挟んだらしい大統領――反乱者、もとい革命軍筆頭の元将校がその案を受諾し、まだ財政が苦しい中、わずかとはいえ支援してくれたらしい。
 しかも政府の意図を加える気はないらしく、目的は戦死者の慰霊と平和への祈り、支援できる金額が決まっているだけで宗教の指定も何もなかった。
 大統領の個人的な意見として、余裕があるなら植物を植えて欲しいと言っていた位らしい。

 教会建設当初、宗教は俺達の国で信仰されているものだけだった。
 だがこれに親方を中心として何人かが、かつての敵国の宗教も取り入れるべきだと主張して、長い討論の末に親方たちの案が取り入れられ、二つの宗教を一体とする教会になった。

 建設地についてから約2年かけて、ようやく教会は完成した。
 完成式典には大統領等6名が極秘に出席し、建設関係者や教会、戦地、砦、慰霊碑といったものに深々と首をたれていたのが深く印象に残っている。
 教会の中の二つの神の姿に、案内された時に片眉をちょっと上げて驚いたような顔をしていたが、結局何の文句を言うこともなかった。

 案内役を押し付けられて側にいた俺は、大統領が砦よりも敵国側にある平地を眺めながらポツリと呟いた、
「ここで、弟みたいに思っていた奴らの最後の一人が死んだんだ」
 という言葉が、なぜか痛みを伴って胸に引っかかった。

 大統領はその日のうちに去り、俺もその数日後に故郷に帰還した。
 子供が俺にその両手を差し伸べてくれた時には泣きそうになった。


 故郷に戻ってからは、親方に建ててもらった住居兼店舗で念願の飯屋を始めた。
 そうしている内にようやく一端の男の体力がついて来たらしく、倒れることもなくなった。


 開店して3年後、4人の男がそんな俺を訪ねてきた。
 片足の男、片目の男、俺並みに背の高い男、小柄な男という不思議な集団だった。

 俺だけと話がしたいというその集団に気圧され、店を妻に任せ住居スペースに招きいれて話を聞くことにした。

 片足・片目の男と背の高い男は兄の元部下で、小柄な男は背の高い男の兄だと名乗った。
 彼らは自分たちの知っている限りの兄の話を、主に片目の男、付け加えるように片足の男が教えてくれた。

 “英雄”と祀り上げられた故に極悪人とされてしまった兄が、どれだけ一般市民や集められた兵士たちを想っていたかを。
 決して世間で言われるような人間ではなかったのだと、それをどうしても、弟である俺に話しておきたかったのだと、彼らは言った。

 俺は戦場での兄の姿なんて思い浮かばなくて、でも彼らの話に出てくる人物は、間違いなく兄そのものだった。

 唐突に、それまで一言もしゃべらなかった背の高い男が、兄の遺品を見せて欲しいと言い出した。
 一瞬躊躇したものの、物置から兄の遺品である大工道具を取り出し見せると、背の高い男は急にそれにすがり付いて泣き叫び始めた。

 彼は“英雄”の副官で、兄の事を心底慕っていたのだと。“英雄”の死が伝えられた時に、彼の心は壊れてしまったのだと。
 驚いて固まってしまった俺に、片足の男が泣き叫ぶ男と、それを支える兄を沈痛な面持ちで見つめながら言った。

 暫くして落ち着いたらしい男が立ち上がったのを合図に、彼らは別れを告げると去っていった。
 背の高い男が、わずかに正気に戻った目をして、隊長はよくあなたのことを楽しげに話していました。そう言い残して先に家を出ていた3人の男の後について姿を消した。

 俺は彼らを見送る気力もなく、思い出の、兄製作の机にもたれたまま、妻に呼ばれるまでただ呆然と座っていた。
 すぐに行くと伝え、俺はただ、片面が故意に削られたドッグタグを見つめた。


 兄貴は、戦場に行っても兄貴だった。

 こんな時くらい、ずる賢い所を発揮してくれればよかったのに。でも、そこでずる賢さを発揮できない不器用さが兄という人だったと。


 何故か、涙は出てこなかった。

作品名:一歩でも遠くへ 作家名:papama