一歩でも遠くへ
――あの後すぐ、兵士は息を引き取った。
直後に医者が到着したが、例え早く着いても現状では手の施しようが無いほどの怪我だったらしい。
砦を守っていた兵士の一部が避難を促しに各所に散っているらしいことは、避難してきた人々の話で確定している。
おそらくあの兵士もその一人で、その途中に何らかの形で大総統の潜んでいる場所を知ったのだろう。
しかし、大総統の潜伏場所を知ったとて、武器さえも持たない自分たちに一体何が出来るというのだろう。
敵国に情報を明け渡すとしても、敵国とは反対側にある鉱山跡地へ進軍するためには国内を焦土に変えながら横断するしかない。
鬱々とした気持ちを抱えながら、遠くに見える砂嵐を眺めながらそれにハモるラジオを何とはなしにかけていた。
いつもと同じはずなのにそれにも気分を底辺よりも下にめり込まされて、腕で目元を覆ってあお向けになる。
今日は朝から動悸が速い。でも普段の不調とは感じが違う。
どちらかというと――これは不安。重力が心臓に強くかかっているようで、胸をかきむしりたくなる。
歯を食いしばると、何かを耐えるような唸り声が漏れた。
不意にラジオがブツンという音をたててさざ波のような音を立て始めた。
急なことに驚いて身体を起こしてみると、遠くに見えていた砂嵐がいつの間にか消えている。
他の場所でラジオを聞いていた人々も異変に気付いたのか、辺りは静まり返りラジオの元に寄り始める。
ふと、戦争が始まってからの癖で空を仰ぎ見た。
この一帯の地域ではさほど珍しいことでもないが、まるでぬける様な青空。
その瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚が身体を走り抜けた。
思わず、これもつい最近の癖で、胸元のドッグタグを握りしめる。
いつもと何も変わりない。曇りになることの方が圧倒的に珍しいのだから、青空なんてなんでもないのに。
次の瞬間、ブツリという音をたててラジオに何かが繋がった。
――この一帯の地域ではさほど珍しいことでもない、ぬける様な青空。
『砦は我々が占拠した。これより、“英雄”を騙った戦犯の処刑を行う。
……何か言い残すことはあるか、殺戮者よ』
――なのに、何で、何で。
ラジオから、先日聞いた、あの兵士と同じ、静かな息の中で、声が。
『一歩でも遠くへ。――ただ、幸せだけを祈って』
――あの日の、泣きじゃくる俺を抱き締めてくれた腕が、離れて。
ズドン
――兄の、振り返ることなく手を振る姿が、脳裏に。
ブツリ
音が、途切れて。
「――――ぅわあああああああああああああああああ!!!!!」