魔術師 浅野俊介3
浅野はまた圭一の頭を撫でた。
圭一がまた苦笑した。
……
24時-
(ああは言ったものの…)
浅野はバーの片づけをしながら思った。
(…あいつは来るだろうな…。暇人だもん。)
浅野はくくっと笑った。
(…なんてジョーダン言ってる場合か。)
浅野は顔を引き締めた。
(ただ…天野と違って、あれは俺を殺すつもりだったよな…。俺にマジシャンさせないためにしても、何で命まで取ろうとするんだ???)
浅野は水場を綺麗に拭き上げて「よし」と満足げに言うと、バーのライトを消した。
……
浅野は足早にプロダクションから離れた。
(またあんなところで襲われたら、今度こそ命はない…。なるべく広い場所で迷惑かけないところに…)
浅野がそう思っていると、頭の中で声がした。
『暇人で悪かったな』
(来たーっ!!)
浅野は心の中で思わず叫び、あたりを見渡した。
『心配するな…傍にはいないよ。埠頭まで来い。』
「また大雑把な…。まぁいいや。あんたのダダ漏れたオーラをたどって行くさ。」
『いちいちいちいち、一言多い奴だな!早く来い!』
「はいはい。」
浅野は人差し指を額にかざし、念じた。
……
1時間後-
圭一がタクシーから降りて、あたりを見渡した。
「運転手さん、ありがとう!!」
そう言って、ドアを閉めると、タクシーが走り去って行った。見えなくなるまで見送ると、圭一は胸元に隠していたキャトルを出した。
キャトルが「ぷはーっ」と息を吐いた。
「ごめんね。窮屈だったね。」
圭一がキャトルの頭を撫でた。キャトルが気持ちよさそうに目を閉じている。
「すぐで悪いけど、浅野さんどこかわかる?」
キャトルはため息をつくと(本当についた)圭一の手から飛び降り、走り出した。圭一が後を追った。
……
浅野は座りこんで息を切らしていた。腕と足が火傷だらけになっている。
「…いたぶるのもここまでにするか。そろそろ死んでもらおうか。」
神取が言った。
「…どうして俺を殺さなきゃならない?」
浅野が言った。
「お前…天使のエナジーを持っているだろう…。」
「!!」
「だが天使と言っても、多分お前は「天使」と「人間」が交わった子…つまり「悪魔」だ。」
「……」
「そんなお前を放置していたら、世のため人のためにならないんだよ。」
「…なんで?…結構いろいろ貢献してるつもりだけど?」
「この期に及んでもまだ、その余裕があるお前が本当に大っきらいだ!!」
神取が叫んだ。
「おほめいただいてどーも。」
息を切らしながら言う浅野に神取は体を震わせて、手をかざした。
浅野は座ったまま、飛ばされた。
浅野は仰向けに倒れたまま動けなくなった。
とうとう胸に致命傷を受けたように思った。
「…もーいっそのこと殺してよー…」
息を切らしながら浅野は言った。
「…お前、力を隠しているだろう!!本当はこんなくらいでやられるお前じゃない!」
「ほめてんの?けなしてんの?」
「うるさいっ!!」
神取は浅野の胸倉を掴み、起こした。
「それぐらいの傷、自力で治せるだろうっ!?お前は何かを隠している…それを出せっ!!」
「何かを隠してるって…何を?」
「とぼけるなっ!!」
その時、駆け寄ってくる足音を聞いて、神取が振り返った。
「浅野さんっ!!」
「!?…こいつは…!」
「ばかっ!圭一君来るなッ!!」
圭一の姿を見て浅野は思わず叫んだ。
神取が圭一に向き、両手を重ねてかざした。
光が暗がりを裂き、圭一の体を突き飛ばした。
「圭一君!!」
浅野が起き上がろうとしたが、さっきの傷で動けない。
倒れた圭一のそばにキャトルが駆け寄った。
「…なんだあいつ…悪魔がついてるのか…?」
神取が震える声で言った。
圭一は起き上がらなかった。浅野と同じ攻撃を受けたのだ。普通の人間なら即死していてもおかしくない。
キャトルが悲しげに鳴きながら、圭一の頭の周りをうろうろしている。
「…圭一君…!」
浅野が必死に立ちあがろうとするが、半身を持ち上げるだけで精いっぱいだった。
その時、圭一の体から光が放たれた。そしてその光は人の形になった。
「!!!」
浅野も神取もキャトルも、その人の形をした光を見た。
「…わがマスターを死なせたのはお前か?」
光は羽を持った男の姿に変わった。光り輝く金髪がなびいている。切れ長の目に薄くしまった唇…女性のようにも見える。
「!!…ルシファー!?」
浅野が思わず言った。
「ルシファー様の名を軽々しく呼ぶな。マスターにつけられた名前は「マッドエンジェル」だ。」
羽を持った男「マッドエンジェル」が浅野に向いて言った。堕天使のルシファーに「様」をつけて呼ぶということは、この男が堕天使(悪魔)であることを表す。
神取はただガタガタと震えている。
「…わがマスターを死なせたのはお前か?」
マッドエンジェルが静かに言った。
キャトルが毛を逆立てて、神取に向かってうなっている。
マッドエンジェルはそのキャトルを見て、手をキャトルをなでるように空を切った。
キャトルの体が大きくなり、炎に包まれた獅子の姿になった。
「やめろ!キャトルまで悪魔にするなっ!」
浅野が叫んだ。
「…この子が望んだんだ。その通りにして何が悪い。」
マッドエンジェルが浅野に言った。そして震えて座り込んでいる神取にゆっくりと近づいた。
「やめろ…来るな…」
そう言いながら、神取は動けない。
マッドエンジェルは、神取の両脇を抱えると、そのまま持ち上げ羽を広げた。
「マッドエンジェル!やめろっ!」
マッドエンジェルはそのまま、浮き上がった。そして海に向かって飛んだ。
「だめだっ!!そんなことをしたら、お前のマスターが殺したことになってしまう!!」
マッドエンジェルは飛行を止めた。浅野に背を向けたまま黙っている。
「頼むから殺さないでくれ!!…圭一君が一番哀しむ事だとお前にもわかるだろう!?」
「…わがマスターの命を戻すためには、この男の命が必要だ。」
「だめだ!!それなら俺を殺せ!」
「!?」
マッドエンジェルが振り返った。
「俺は死んでも痕が残らない!」
「!…お前は人間じゃないのか?」
「自分でもよくわかっていないが、たぶん人間じゃない。ただ魂は同じはずだ。俺を殺せ。そして圭一君に授けるんだ。…頼む!」
キャトルの姿が子猫に戻っていた。必死に鳴いて空を跳んでいるマッドエンジェルに何かを伝えている。
何故か浅野にもわからない言葉だった。
「…その方法もあったか。」
マッドエンジェルはキャトルに向かってそう言うと、地面まで戻り神取を下ろした。
神取が走って逃げだした。
浅野は追いかけることはできない。キャトルも追わなかった。
マッドエンジェルは、浅野の体に手をかざして傷を治した。浅野は驚いてマッドエンジェルを見た。
「マスター…」
マッドエンジェルはそう言うと、圭一の体を抱き上げ抱きしめた。
光が2人を包む。
「!?…」
浅野はただ黙って見ていた。
「!!まさか!」
マッドエンジェルの体が消えて行った。消えると同時に圭一の体がゆっくりと横たわった。