魔術師 浅野俊介3
第3章 悪魔転生
夜中‐
自身が所属するタレントプロダクションビルの裏で、浅野俊介は男と向き合って立っていた。
(プロダクションの裏は避けたかったなー)
浅野は思った。
向き合って立っているのは、同じマジックの師匠の下で学んでいた先輩弟子の神取(かんどり)だ。
天野が片付いたのに、またやっかいだな…と浅野は思った。
「相変わらず呑気な奴だな」
神取が浅野の心を読んで言った。
「勝手に入ってくるな。気持ち悪い。」
浅野が言った。
「そんな大口叩けるのは今だけだぞ。」
神取が浅野に手を向けた。衝撃が浅野の胸を打った。
「!!」
浅野はなんとか堪え、人差し指を額にかざし念じた。
神取が炎に包まれた。もちろん熱はもたない。だが神取が炎を振り払おうとしたとたん、熱を持った。
「3分間待つのだぞ。」
「くそ!浅野!」
熱さで動けない神取を置いて、浅野は胸を抑えて、その場を去った。
……
タクシーに飛び乗った浅野は、Tシャツのの隙間から、自分の胸を見て「うわ」と呟いた。
(見なきゃよかった…。自力で治せるかなぁ…)
一般人なら、死んでいるだろうほどの火傷だ。かなりただれている。黒いTシャツを着ていてよかったと思った。
エスパーが放出する「気」というのは、無機質なものには反応しないが、生体と魂にはかなりのダメージを与える。
避けることは充分にできた。だが浅野の後ろには、相澤プロダクションのビルがあった。避けてしまった場合、ビルの中の罪もない誰かに当たる可能性がある。それは絶対にあってはならないことだ。
(傷見たら、痛くなって来ちゃった…)
浅野は今になって、顔をしかめた。
……
浅野がマンションにつくと、マンションの前で、飼い猫キャトルを抱いた北条(きたじょう)圭一が立っていた。
「浅野さん!」
「!!」
「キャトルが騒ぐから、来てみたんです。大丈夫ですか!?」
浅野の顔色が悪いのを見て、圭一が言った。
「圭一君…なんて優しいんだ君は…」
浅野が圭一にもたれかかった。
「浅野さん!」
圭一は浅野の体を支えた。
……
圭一はベッドで寝ている浅野の顔を心配そうに見ていた。
浅野は自身で火傷の治癒を試みた。だが完治は無理だった。
病院に行こうと圭一は言ったが、警察に説明がつかないからと、浅野は首を振った。
高熱が出ている。
キャトルが浅野の頭元で行儀よく座り、浅野の顔を見ている。
「浅野さん…僕が浅野さんに「気」をあげるとか…できないですか?」
「確かにその方が早く治るが…君がしんどい上に完治は無理だよ。」
「でも浅野さんは少しでも楽になるんでしょ?」
「圭一君の「気」によるが…多分君、10時間くらい動けなくなるぞ。」
「いいです!浅野さんが楽になるなら…」
「圭一君仕事は?」
「明日は午後からです。」
「ぎりぎりだな…」
「とにかくやりましょう!どうすればいいですか?」
「…君って人は…」
浅野が苦笑した。
「火傷のところに直接両手を乗せて「気」を送って欲しいんだ。」
「直接!?」
浅野がうなずいた。
「わかりました…」
「ためらわずにね。」
「はい」
圭一は浅野のシャツを開き、火傷でただれた胸を見た。血は出ていないが赤黒く口を開けている傷口に、思わず目をそらせた。
浅野は目を閉じている。
「ごめんなさい!」
圭一がそう言って、傷口に直接両手を乗せ念じた。
浅野が傷口に触れられた痛みに、思わず声をあげ、頭をそらせた。
見開いたキャトルの目に光の帯が圭一の手から、浅野の体に流れて行くのが映った。
傷口が閉じていく。それとともに圭一の体から力が抜けて行った。
傷口が塞がったと同時に、圭一は浅野の体に倒れかかり、浅野の目に力がもどった。
「にゃあ」
キャトルが鳴いて、圭一の頬を鼻でつついた。
浅野が涙ぐみながら起き上がると、圭一を起こし抱きしめた。
「キャトル…君のパパは最高だよ。悪魔に魅入られるのもわかるような気がする。」
浅野が圭一を抱きしめたままそう言うと、キャトルが「にゃあ」と鳴いた。
浅野は圭一を寝かせ、ベッドを降りた。
「キャトル、お守り頼むな。」
キャトルが「にゃあ」と鳴いた。
……
圭一は目を覚ました。
キャトルが耳元で丸くなって寝ている。
思わずキャトルを撫で、起き上がった。
「にゃあ!」
起こした体が再び沈んだのを見て、キャトルが思わず鳴いた。
「やっぱり…まだだめかー」
圭一が目に手を当てて言った。
キャトルが圭一にほお擦りした。
「大丈夫だよ。浅野さん、元気になったのかな…」
「にゃあ」
「そう。よかった。」
声を聞いて、浅野が部屋に入ってきた。
「大丈夫か?」
「はい…でもまだ…体が重くて…」
「そりゃそうだ。まだ5時間しか経ってない。」
「5時間も寝てたんですか!?…僕…」
浅野が笑った。
「あの傷を完治させて、5時間で目を覚ませる君がすごいよ。」
「!…完治できたんですね!」
「ありがとう…。あのままだったら、俺でもあと2日はかかっただろう。」
「…良かったです…」
「まだ寝てろよ。ここで無理をしたら後を引くからな。」
「はい。」
「仕事は何時からだ?」
「1時に副社長室に行って…父さんの車でスタジオへ行きます。」
「わかった。12時にもう1度起こすから。」
「浅野さんは?」
「俺はバーの時間まで何もないから大丈夫だよ。」
「バーお手伝いに行きます。」
「いや、今日は帰った方がいい。「気」を完全に戻さなくちゃ。」
「…はい…」
圭一はうなずいた。…だが、今夜も浅野に何かあるのではないかと不安だった。
……
夕方-
「おかえり、圭一君。」
プロダクションの食堂で、浅野が窓際の席から、歌番組の収録から帰ってきた圭一に声を掛けた。
「浅野さん!」
圭一が駆け寄ってきた。元気なようだ。
「収録はどうだった?」
「はい。無事に終わりました。」
「何歌ったの?」
「アベマリアです。」
「え!?」
「?」
浅野が驚いたのを見て、圭一が不思議そうな表情をした。
「…讃美歌歌っても大丈夫なんだ???」
「別に…何もありませんが…」
「悪魔背負っても、関係ないのか。…メモを取っておこう…」
浅野がそう言って、手にメモをする振りをすると、圭一が笑った。
……
2人はゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
「…浅野さん、やっぱり僕、今日バーに行きます。」
「だめだよ。自覚はないだろうが、俺が見る限り、君のオーラの色はまだ暗い。…ゆっくり休むんだ。」
「…だって…独りで戦うつもりなんでしょ?」
「……」
浅野が圭一を見つめた。あまりに黙って見つめるので、圭一が少し体を引いた。
「君はほんっとーーーに、いい子だねー!」
浅野は圭一の頭を撫でた。
圭一は子ども扱いされて、苦笑している。
「向こうが来れば戦うが、何もなければ、こちらから行くことはないよ。向こうも暇人じゃないから、今夜は来ないと思うよ。」
「…だといいんですが…」
「心配するな。ただキャトルと一緒にいるんだぞ。キャトルは癒しの力を持ってるから、早く回復できるよ。」
「わかりました。」
「いい子だねー」