魔術師 浅野俊介
「映像と言っても、その映像は君の体にまとわりつくものもある。本来は熱さを感じないんだが、映像の機械が暴走すると、映像も熱を持つんだ。」
「!!…そんなことがあるんですか!?」
浅野はもっともらしくうなずいた。
「技術は発展しても、なんらかの欠陥はあるんだ。完璧というのは難しい。」
「…なるほど…」
…圭一が納得してくれたが、これも浅野の嘘である。
浅野の術が生み出す炎は決して人には危害を加えない。…だが、浅野に敵対心を持つ者がこの術に手を加えると、炎のように物を焼くことはないが、熱を持つ。
その熱さは、術を持たない一般人には、1分も耐えられない。…浅野が心配する嫌がらせとはこのことなのだ。
浅野のイリュージョンショーのことは、テレビや新聞等で2週間も前から告知されている。…師匠の弟子が邪魔しに来る確立は、ほぼ100%と言ってもいい。
浅野の師匠は凡人のマジシャンだが、弟子には何人か超能力者(エスパー)が混じっていた。浅野が恐れるのは、この能力を持っている先輩弟子が自分のショーを邪魔しに来ることである。
「もし圭一君が熱を感じたら、私にぶつかるなり抱きつくなりしてくれ。それで炎の映像は消える。それをしないと大火傷するかもしれないからね。」
浅野は大げさに圭一に言った。
圭一は「はい」と覚悟を決めたように言った。
(だけど、こいつ悪魔持ちだから、先に悪魔が助けるかもな。)
浅野はそう思った。その時、キャトルのうなり声が頭の中でした。
「あっ!ごめんなさい!」
「?」
浅野がいきなり謝るので、圭一が不思議そうな顔をした。
「浅野さん?」
「あっ!いやその…キャトルがほらっ!!」
「キャトル?」
浅野は足元にいるキャトルを抱き上げた。
「!?キャトル?いつの間に…」
実は浅野が慌ててキャトルを移動させたのである。
「…間違って蹴っちゃってね。…ごめんよ。キャトル。充分に気をつけるから大丈夫だよ!」
浅野がキャトルを抱いて頬ずりをした。キャトルは迷惑そうな表情をしている。
…その頃、相澤プロダクション専務の北条(きたじょう)菜々子(ななこ)がキャトルの専用かごを覗き込んで驚いていた。
「…キャトル…ここで寝てたわよね…?…どこに行ったのかしら???」
菜々子はそう言って、開いていないドアを見た。
……
翌日-
2人の消防署員は驚いて、炎に包まれている浅野を見ている。アトラクション等で火を使う時は、消防署の許可がいる。
「3分で消えますから、検証するなら急いで下さい!」
炎の中で、浅野が叫ぶように言った。
消防署員の1人が炎に触れてみた。確かに熱くない。映像を立体化したというのは本当らしい。しかし仕組みがまったくわからない。
そしてもう1人に「触れてみろ」と言った。もう1人の消防署員もこわごわ炎に触れる。
「全く熱くないな…。すごい…!」
消防署員たちは驚いた表情で顔を見合わせた。
「消していいですか?」
浅野の声に消防署員が「いいですよ!」と答えた。
浅野の手刀が炎を半分に切るように、上から下へと移動した。そして炎が真っ二つに割れ、浅野が両手を広げたと同時に炎が消えた。
「すごい!!浅野さん!」
圭一が拍手をしている。傍にいる相澤と明良はただ呆然としていた。
「許可はいらないですよね?」
浅野が消防署員に尋ねた。
「はい。映像だと確認できましたので構いません。…で、ショーはいつやるんですか?」
消防署員が尋ねた。
「え?今、許可はいらないって…」
我に返った相澤が言った。
「いえ…我々も行こうかと思いましてね。」
消防署員のその言葉に、相澤はうれしそうに笑って「是非いらしてください。」と頭を下げた。
……
イリュージョンショー当日-
浅野が会場に設けられた楽屋から姿を現した。
それを見た、相澤、明良、圭一が息をのんだ。
黒髪のロングヘアーを1つにまとめたかつらをかぶり、ヨーロッパの中世貴族風の衣装をまとった浅野の姿は、まさにマジシャンだった。
また浅野の中性的で整った顔立ちが、そのイメージを引き立たせていた。
「以前、マジシャンをしていた時の衣装なんですよ。」
浅野が照れくさそうに、こめかみを指で掻きながら言った。
「素敵ですよ。浅野さん。」
圭一が一番に褒めてくれた。
「ありがとう、圭一君。…君のおかげで、私はまたマジシャンになれた。あきらめていた夢が実現できたよ。」
浅野がそう言って圭一を軽く抱いた。圭一が照れくさそうに微笑んだ。
そして浅野が相澤に向いた。
「えっ!?」
相澤は逃げる間もなく浅野にそっと抱かれた。
「社長のおかげです。感謝します。」
「い、いやその…。こちらこそありがとう。」
浅野は離れたが、相澤は顔が真っ赤になっている。
明良がくすくすと横で笑っていた。
浅野は、そんな明良にも手を広げた。
「え?私は何も…」
それでも浅野は黙って明良を抱いた。
明良が照れくさそうに笑って言った。
「…期待しているよ。頑張って。」
「はい。ありがとうございます。」
浅野は体を離してから、相澤達に頭を下げた。
……
無料という事もあり、池を取り囲んだ観客席はいっぱいだった。
この観客に取り囲まれてマジックをするのは、正直無謀だというものだろう。
タネがあれば…の話だが。
開演を知らせるブザーがなった。
しばらくして、池の周囲を水柱が吹きあがり、取り囲んだ。
観客達の悲鳴に似た歓声が上がる。
激しい音楽と共に、水柱は吹きあがり続けた。
とたんに水柱がおさまり、池の中央にあるステージに、衣装を着た浅野俊介が立っているのを見て観客が拍手をした。
「浅野俊介イリュージョンショーにようこそ!」
オペラを歌う時の衣装を着た圭一が、中央ステージから離れた陸地からマイクで言った。
圭一を見た観客からどよめきが起こった。
「ショーをご案内します、北条圭一です!今日は歌いませんが、よろしくお願いします!」
圭一がそう言って頭を下げると、観客から笑いと拍手が起こった。
「最初は水のイリュージョンです。しぶきがかなりお客様にもかかると思いますので、前の方の方は必ずお配りした、透明のカバーをお持ち下さい!浅野さん!お手柔らかに!」
圭一がそう言うと、浅野は苦笑するように笑って、右手を左から右へ大きく振った。
順番に水柱が現れ、消えていく。水のカーテンが池を覆うように揺らいだ。光の加減で、虹も現れた。
観客から拍手と歓声があがる。
…だが、ここまでは、池の周りに噴水が仕掛けられ、浅野の手の動きに合わせて噴水を作動しているものと皆見ている。
しかし次の水の動きには皆驚かされた。
池中の水が波打ちはじめ、ステージを中心に渦を巻くと、そのまま水が減って行くのである。そのうちに水がなくなってしまい、浅野が困ったように両手を広げ、肩をすくめた。
「…あらら…水がなくなってしまいましたね。…浅野さん、水のイリュージョンは終わりですか?」