ハイエースの旅人
『コンバンワァー』
彼の真後ろあたりの位置へさしかかったところで、声をかけられた。身構えていたので驚きはしなかったが、ツバをゴクリと飲み込んだのが自分でもわかった、彼の方へ振り向くと、僕には背を未だ向けたままだ。周りを見渡しても『僕』と『彼』しかこの場所にはいない。だから当然、僕に対する挨拶だろう……。
「兄さん、よかったらこっちへ来て一緒に飲まんかい?」
返答を躊躇していると続けて声をかけられた。関西弁独特のイントネーションだ。
歩みを止め、こちらも精一杯の大きな声で答えた周りが静かだといっても彼までの距離は十メートル程はある。
「い、いいんですか? ご一緒して?」
「おう、バイク停めてこっちきぃや」
相変わらずこちらに背を向けたままだが、今度は缶を持った右手を高くかかげ、その腕を大きくグルリと回して見せた。
断る理由もない。これまでの不安から少し開放されたこともあってか、付き合うことに決めた。言われるままバイクをテント脇へ停めると、買ってきたスーパーの荷物を手に、彼の方へ向かった。
元々、僕は人見知りするタイプではない。それに、一人で過ごすキャンプも良いが、こうしてキャンプ場で見知らぬ人と酒を酌み交わす楽しさも知っていた。飲みすぎて翌日の予定を棒にふってしまうことも何度かあったが、一期一会は大事にしたい。意を決して彼の方へ歩を進める。
「お邪魔しまーす」
ランタンの明かりを中心に、彼の対面へ腰を下ろした。
明かりに照らされた彼の姿は印象的だった。短く刈り込まれた白髪交じりの髪の毛に、同じく白髪交じりの無精ひげ、それに丸眼鏡をかけていた。五十代半ばくらいだろうか? 僕が思い浮かべた第一印象は映画監督の井筒和幸氏だった。半袖のブルーシャンブレーのシャツに迷彩柄の短パン姿に、足元はサンダルだ。