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ハイエースの旅人

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 ジーンズのポケットに手を突っ込み、タバコを咥えると、火をつける。続けてぐるりと周りを見渡した。僕は被せたばかりのバイクシートを再びひっぺがし、荷物をバラしているような素振りをした。視線が交わらないように、下手な演技をする。
 男性が歩き始めた。相変わらず周りを見回しながら、ゆっくりと芝生の上を歩いてゆく。少し歩いて、周囲を見る。また少し歩いて、周囲を見る。この繰り返しだった。そして、しばらくすると車には乗らずに徒歩のままキャンプ場の入り口の方へ消えていった。なんとも怪しい。誰かに見られないように注意しているようにも見えた。
 陽が落ちて来た。彼が去るのを待つ間、演技し続けるにも限界がある。それに今のまま一人芝居をするのはなんともオマヌケだ。
 荷物を積み直す? 積み直している最中に戻ってきたら?
 『逃げるな!』
 なんて言われたりして……。いや、妙な行動をしたらハイエースから金属バットを持った連れの連中が出てくる段取りになっているのかもしれない。
 額には脂汗が浮いていた。しかし、こんな時間から新たに他のキャンプ場を探すなんて行為は無茶すぎる。僕は観念して先にテントを設営することにした。

 テントを設営し始めて五分。最後のペグを打ち終えた。最後の一打を打ち終えた音がキャンプ場に響く。目下の地面に脂汗が再び流れ落ちた。
 しゃがみ込んだ姿勢からゆっくりと立ち上がると、わざとらしくならないようにハイエースの方を振り返ってみた。幸い、人の気配はない。
 結局、待てども待てども男性は戻って来なかった。いったいどこで何をしているんだろうか。
 テントも張り終え、後にも引けなくなった。ひとまず貴重品だけを持って銭湯とスーパーマーケットへ行こう。
 なにか問題が起きたら、その時は諦めて警察へ行けばいい。

作品名:ハイエースの旅人 作家名:山下泰文