ハイエースの旅人
朝日の当たり具合が良く、トイレと炊事場への位置がベストな場所を選び、バイクを引っぱってくる。テントを乾かすのには重要な選択だ。朝露に濡れた車体を乾かすのにも良い。
陽が完全に暮れる前に風呂と夕食の買い出しを済ませておきたかったので、テントの設営は後回しにして、先に買い出しに出ることにした。荷物は持ってきていたバイクシートで覆い隠す。これでは逆に目立つだけで何のカモフラージュにもなっていない気もするが、多分、この様子では誰も来ないだろう。
貴重品だけをウェストバッグにいれ、ヘルメットをかぶると、再びバイクへ跨る。
その時だった。
キャンプ場の入り口の方角から何かの排気音が聞こえた。近づいてくる。これは……車の排気音だ。
跨っていたバイクから一旦、身を引き、ヘルメットは脱がないで来訪者の訪れを待った。金曜日の夜だ。地元の利用者だろうか。
排気音がさらに近づいてくる。やがて、カーブの先から「ぬっ」と姿を現したのは、ネイビーカラーの古びたトヨタのハイエースだった。
ゆっくりと、ゆっくりと徐行しながら周囲を周回し始めた。キャンプ地を物色しているように見えるが、フロント以外の窓にスモークが張られており、車内の様子はよくわからない。様子がわからないだけで、こんなにも恐怖心を覚えるものなのだろうか。
ぐるりと園内を一周回すると、僕とは対岸にあたる、中央の芝生を挟んだ場所で車は停車した。エンジンが落ちる。沈黙が訪れた。
少しの沈黙の後、重い音をたてて運転席の扉が開いた。中から下り立ったのは、黒のウィンドブレーカーにジーンズ姿で、メジャーリーグのニューヨークメッツのキャップを被った中年の男性だった。目深に被った帽子のせいで、表情は読み取れない。