ハイエースの旅人
*
『ピピピ・・・』
腕時計が鳴った。
時計の針はいつの間にか零時を指していた。さすがに彼にも眠気の色が見える。話もほとんど独り言になりかけていた。それでも僕は相槌を打ち続けた。彼はいつの間にかビールを六缶も空けてしまっていた。タバコも二箱が空になっている。きっと、奥さんがこの場にいたら「いいかげんにしなさいよ!」なんて怒りの言葉が飛んでいただろう。夫婦喧嘩の様子が簡単に想像できた。寂しくないなんて、きっと嘘だ。仕事にも余裕が出てきた今だからこそ、きっと寂しいに違いない。
彼の方に視線を戻すと、寝てしまったのだろう、目を閉じ、動かなくなってしまっていた。ランタンに照らされたその初老の男性の横顔は、やはりどこか寂しげな表情に見えた。
ラジオから聴こえるNHKアナウンサーの念仏のようなとつとつと繰り返される言葉は、いつしか彼の子守唄になっていた。
「…まぁ、焦らず、じっくりや、じっくり、じっくり…」
寝言だろうか? 寝返りをうった彼が、うつむいたまま、そうポツリとつぶやいた。
僕はそんな彼をいとおしく思った。人を諭せるのは自分に経験があるからだ。
『焦らず、じっくり、じっくり』 その言葉は僕にではなく、きっと自分に言い聞かせていたのだろう。これからも、焦らず、じっくり、じっくり、と。
僕は椅子に深く体をあずけ、深呼吸をした。夜空を見上げる。いっそう、静まり返った夜。
『NHKが午前零時をお知らせします』
古ぼけたアナログラジオから雑音混じりに零時の時報が告げられた。
ああ、そうだ。腕時計、十分早く設定していたんだった。