ハイエースの旅人
「小さな会社をやっとるんだがな、これが小さいなりに経営の幅は広げててな、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州と全国に何ヶ所か支店もあるんやが、どうしても特殊な仕事のせいで自分が責任者として全店舗を見てまわらんとあかんくてな」
「そうなんですか」
「そのせいで年中全国へ出張や。子供も2人おったが、嫁が連れて出て行ってもうたわ。家族と仕事とどっちが大事なの? なんて言われたが、その家族養うためにこうして働いてるんやろ! おまえももっと働け! って言うてまったわ!」
やはり、家族はいたようだ。父親らしさを感じたのは間違いではなかった。突然の展開にシリアスな話になるかと少し構えてしまったのだが、拍子抜けするくらいのあっけらかんとした様子だ。酔っ払った勢いもあるかもしれないが、関西の人というのは皆がこんな感じなんだろうか。
「家族サービスせんとアカンってのはわかってたんやけどな、どうしても他人に任せられない性格でなァ、根っからの仕事バカってヤツでな」
「でも、そんなに忙しいのに、こうして一週間も休みが取れるんですか?」
「ああ、九月は年末以外で唯一、仕事が薄くなる時期でな。いや、今まではそれでも九月も忙しかったんや? でもな、皮肉なことに最近になって後継にしてもいいくらいの人材が何人か育ってきてよ。自分が動かなくてもなんとかなるようになったんや。家族はいなくなったが自由は手に入れたんや! とんだ笑い話やろ!」
そう言うとビールをもう一缶空け、豪快に大笑いした。
さすがに『笑い話やろ』に対して『そうですね!』とは言えず、苦笑いを返すに止まってしまったが、なんだかこの豪快な彼の姿を見ていると同情したり悲観するような気分にはなれなかった。逆に、少し冷めた性格の自分を見つめ直してしまう。
勿論、彼を含め、離れてしまった家族にしてみれば大きな問題だったろう。離婚は社会のルールとして認められている事だし、悪いことではない。結婚だって失敗はある。完璧な家族なんてものも存在しない。そんな中、下手に無理してギクシャクするよりも快く別れを選択する、そういう生き方もあるのだろう。
きっと、自分だったらモメにモメた上に『どうにか調和できる選択肢はないだろうか?』と試行錯誤を繰り返すも答えはでず、嫁にも呆れられて結局は別れて一人自堕落な人生を送りそうだな。ああ、こんなんじゃまだまだ独身生活が続きそうだ……。