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ハイエースの旅人

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「と、東北ですか」
「そや。大阪を出てひとまずは高速で青森まで行ってな、そこからは気ままに下道でノロノロと、地図を片手にブラリ一人旅よ。ナビなんて使わへんで。走って、食って、飲んで、寝て。たまにこうやって旅先で知り合うたやつと酒を酌み交わしたりしてな」
 プシュっという音をたて、ビールをもう一本開ける。
「普段から人とやたらと関わる仕事してるさかい、たまには長い休みとってこうして心の洗濯せな、体がもたんのよ」
 そう言うと、開けたばかりのビールをテーブルに置き、今度は煙草に火をつけた。紫煙が暗闇にゆらりと立ち昇る。
 心の洗濯、なかなかに詩的な事も言うのだな。と、少し感心してしまった。良い言葉だ。
 考えてみれば、車で一人旅をしている人と出会うのは初めてだった。旅というと自分の中ではバイクというのが定石だったが、当たり前だが必ずしもバイクでなければできないことではない。孤独を味わう、不自由を楽しむという観点では、偏ったバイク乗りに言わせてみれば、なんでも揃った車など邪道なのかもしれないが、考えようによってはハイエースなどのワンボックスは『家』に成りえる。家と一緒に旅をする。まるで家と家畜と共に移動して暮らすモンゴルの遊牧民のように。これはこれでバイクとは違うアプローチとして面白いだろう。それに、『家』にずっと一人でいる事は、ともすればバイクよりも充分に孤独かもしれない。
「東北から南下して今ここにいるってことは、もう今回の旅は終盤ですよね?」
「おう、明日には我が家に帰るよ」
「じゃあ明日からは家を空けた分、家族サービスですね」
「いや、家族はおらんのや」
「え…?」
 予想していなかった言葉に驚いてしまった。少し調子に乗って踏み込みすぎてしまった。
 しかし、独身には見えない。年齢的にといった意味ではなく、言動や、しぐさ、様々な部分で父親らしい雰囲気に包まれていたので、なにも疑うことなく既婚者だと思い込んでいた。だが、彼は特に気にするような表情もせず話を続けた。

作品名:ハイエースの旅人 作家名:山下泰文