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恋するワルキューレ 第三部

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「ふん、女のお前がジロディ箱根に参加するって言うのかよ? 何だ、この前のガキ共はどうしたんだよ? 尻尾を振って逃げたのか?」
「テル君とユタ君が相手をするまでもないわ。女のわたしがあなた達に勝って、二度と外を歩けない様にしてあげるんだから!」
「ああーー? ふざけんじゃねー!! 女のお前が俺達の相手になるかよ!」
「あらー? こう見えてもわたしはスポーツに自信があるのよ。並みの男じゃ相手にならないくらいね。陸上の長距離でインターハイ、インカレにも出た位なんだから! エンゾさん、あなたは何かスポーツで勝ったことでもあるのかしら? 聞いてあげるから、言ってごらんなさい?」
「うう……、インターハイだって……? ち、畜生……!!」
 エンゾは高校時代、テニスに死ぬ気で打ち込んでいたが、インターハイどころか、県大会レベルでも自慢できる様な成績は残せてない。ロードバイクだって、プロや実業団ではもちろん、アマチュアの大会でさえ優勝はもちろん入賞の経験だってない。エンゾがジロディ箱根という草レースを主催しているのも、自分が勝つ優越感を味わうためだからだ。
 インターハイ、そしてインカレ出場という裕美の実績は、エンゾの鬱屈した人生を刺激するには十分過ぎる程強烈だった。
「うるせえぇ! 革命家にとっちゃ、そんなチャチな大会なんて眼中にねえんだよ! この女、絶対に許さねええ!!」
エンゾは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ハア、ハア……。
いいだろう、勝負してやるよ。来月の『ジロディ箱根』だ。女だからって、容赦しねえからな! 逃げるなよ!」

裕美は大見栄を張って、特大の大ウソを付いていた。
彼女は高校時代、クラシック・バレエの経験しかない――。

* * *

「裕美さん、どうしてそんなことを!?」
「お願い、店長さん! 速くなる方法を教えて! あの人達に勝ちたいの!」
「裕美さん――。そんなバカげた勝負はすぐに止めるべきです! 美穂さんだって、公道レースに出るのはダメだってあれ程言っていたでしょう? それを忘れてしまったんですか!?」
「……ごめんなさい、店長さん……。でも……、わたしどうしてもあの人達を許せなかったの!」
裕美は『ジロディ箱根』での勝負を挑んだことを“彼”だけに話したのだった。
エンゾ相模川に挑戦状まで叩き付けての勝負だ。裕美がこのレースで負けることは絶対に許されない!
だが、ビギナーの殻をようやく抜け出たばかりの裕美だ。『ジロディ箱根』の舞台となる箱根の峠を登ったこともなければ、150kmものロングステージを走ったこともない。
しかも体力勝る男性とのハンデなしの勝負だ。加えて相手は男性4人のチームが相手となる。こんな不利な条件の元で、一体どうすればあの男達に勝てるのか裕美には想像もつかなかった。
でもこんなことは美穂には絶対に言えないし、テルやユタをこれ以上巻き込むことも出来ない。もう頼れるのは“彼”しかいなかった!
「お願い! 店長さんしか頼める人がいないの!」
「裕美さん、そんな勝負はすぐに止めるべきです! 勝てるはずはありません。勝ち目のないレースで無理をすれば、必ず事故を起こします。増して公道で事故を起こせば命に関わる問題になりかねないとこの前も注意したはずです!」
 “彼”の口調は極めて厳しく、半ば怒りさえ感じられた。そんな彼は裕美も今まで見たことはない。
「わたしだって、勝負するつもりなんてなったわ……。でも……、
でも、店長さん! 舞がもう走りたくないって言っているのよ!
あの人達にまた何をされるか分からないし怖いって! もうロードバイクに乗るのは楽しくないからって! あの人達が大きな顔しているのを許たら、舞だってもう本当に走ってくれなくなっちゃうわ! 絶対に許せる訳ないじゃない!」
「そうですか……。舞さんがそんなことを……」
 舞の話を聞いて“彼”の怒りは幾分和らいだものの、依然困惑した表情は変わらない。
「裕美さんの気持ちはよく分かります。ですが、女性と男性では体力に決定的な差があります。どんなにトレーニングをしたとしても、この短期間で裕美さんがあのエンゾという男に勝つのは難しいでしょう……」
「そんなことは分かってるわ! でもたとえ勝てなくたって、あのオジサン達を一人でも抜いてやらなきゃ! 完走も難しいっていうレースなら、私が走り切って見せるわ。少しでもあの人達のことを見返してやるの! 女だって走れるってことを見せなくちゃ、また舞を馬鹿にするわ!」
「……分かりました。僕も出来るだけ裕美さんのことをサポートします。その代わり絶対公道では決して無理をしないと約束して下さい」
「ありがとう……、店長さん……。ありがとう……」
 裕美は目に涙を浮かべながら何度も頷いた。

「えーっ! 店長さん、外を走っちゃダメってどうゆうことなの?」
裕美は早速その日から、エンゾに勝つ為のトレーニングを始めた。
彼に慰められ多少なりとも落ち付いたものの、あのエンゾに勝たなくてはならない事実に変わりはない。彼に甘える時間もそこそこに早速練習を開始しなければならなかったのだ。
「裕美さん、しばらく屋外での走行は止めて、このローラー台で練習しましょう」
彼の最初の指示は、ローラー台で室内練習というものだった。
ローラー台とはフィットネス・クラブにあるエアロバイクの様なもので、ロードバイク用の室内練習器と考えてもらえば良い。
ただエアロバイクと異なるのは、バイクをローラー台にセットすることで、自分のバイクに乗った形で室内練習が出来ることだ。
ロードバイクは大胆な前傾姿勢を採れる様、ハンドルやサドルの位置がセットされている。これは人間工学上、ライダーが最大の出力を出せる最適なポジションであるのだが、一方、エアロバイクは安全性と快適性を重視したママチャリと同じポジションにセットされいる。その両者のフォームの違いを例えるなら、水泳で言えばクロールと平泳ぎのフォーム位に違う。靴で言うなら、ハイヒールとスニーカー位に違う。そして靴の場合、激しい運動をすれば、僅かなサイズの違いでも怪我の原因やパフォーマンスの低下につながってしまう。ところがローラー台を使えば、自分に完全にフィットしたバイクをそのままに、実走では難しい様々なトレーニングを可能にしてくれるという訳だ。ローラーは単に雨の日に、テレビを見ながら部屋で練習するだけものではない。
しかしスピード・フェチの裕美にとっては、屋内で壁を見ながらローラーを回すトレーニングはストレス以外の何物でもない。外で走るスピード感と風を切る爽快さが好きで、裕美はロードバイクに乗っているのだ。いくら彼のアドバイスと言っても、素直に受け入れ難い。
「ねえ、店長さん? 外で走るなってどうしてなの? 外で練習するのもローラー台で練習するのも同じでしょう? わたし外で思いっきり走る方が良いなあ……」
「いいえ、まず最初はローラー台で練習しましょう!」
 彼はキッパリと、裕美の提案を却下した。