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恋するワルキューレ 第三部

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「……裕美さん、舞さん、すいません。オレ達何もできなくて……」
「ううん、そんなことないわ。二人が助けてくれてとても嬉しかったわ」

* * *

神奈川県湘南茅ヶ崎――。
そこに自称ロードバイク界のカリスマ、『エンゾ相模川』が経営するロードバイクショップ『エイドステーション』がある。
正直、あまりキレイとは言えない外観と内装の店では、GIOSというイタリアブランドのロードバイクが数台飾られているだけだ。知らない人が見れば自転車を売っている店とは考えもしないだろうし、客観的に見てとても営業をしている様には見えないだろう。潰れたコンビニの方がまだキレイな外装をしているというものだ。
その日は、ちょうど土曜日の午後と言うこともあり、店主であるエンゾと練習帰りの常連客がたむろしていた。
「そう言えば、エンゾさん。この間の『ジロディ箱根』に出るとか言っていたガキ共はどうしたんすか? その後何か言ったんですか?」
「ああ? あれから何の音沙汰もねーよ」
「ハッハッハハ! やっぱ、ビビって来れなくなったんじゃないの? 女の手前、カッコ付けたかったんだろうけどさあ」
「そうだよなあ。『ジロディ箱根』の凄さを知ってビビったんだよ。自分の身の程を知ったんだ、シロウト共が」
「俺達だって『ジロディ箱根』は完走することは難しいんだ。まあトレックなんな乗ってる連中には無理だよなあ」
「やっぱり、ロードバイクはイタリアン・クロモリに限るよ。トレックとかジャイアントなんて最新型のバイクとか言うけど、あんな金儲けしか考えない馬鹿なアメリカ人に騙されてることも気付かないなんて、全く馬鹿な連中だ」
「まあ、あいつらにGIOSのクロモリの乗り味は一生分からないだろうなあ」
「「ハッハハハ……」」
 そんなエンゾと常連達が裕美達の悪口で盛り上がる中、エイド・ステーションの外で一台の原付が停まった。
「すいませーん、郵便局ですー! 相模川さんですかー?」
「ああー、ハイハイ。そうですけどー?」
「すいませーん、相模川さん。受け取りの印鑑をお願いします。『内容証明郵便』でーす」
「な、『内容証明』!?」
 ヤ、ヤバイ……。
エンゾの背中に冷たいものが走った――。
『内容証明』郵便とは、送付した手紙の内容と受取記録を郵便局が証明してくれるもので、後日裁判での証拠として利用されることから、借金返済請求等の民事紛争時に用いられることが多い。
それはすなわち裁判の際に、相手に「知りませんでした」、「覚えていません」という言い逃れを防ぐための法的な措置だ。
内容証明郵便は“法律の知識を持つ人間”が、法的な根拠に基づき『金銭の請求』に最も多く用いられる手段でもある。
わずかでも法律の知識を持つ物ならば、この『内容証明』が届けば“ただ事では済まない”事態を覚悟させられる。相手に“逃げることを許さない”のが内容証明の意味する所であり、裏に“法律のプロ”がいることの証明でもあるからだ。自営業者、特に借金の取立てを受けたことのある人ならば尚更だ。
エンゾは『内容証明』と赤字で記載されたその郵便物を恐る恐る開けた。彼の頭の中では、借りたお金、その返済額、返済期日と金利が……と、頭の中でぐるぐる回転し始める。
やばい、やばい、どうする……。
借金の返済期限は何時だっけ……?
そう言えば、あの問屋への支払いが……。
あれ? でもあそこは再来月のはずだ……。
んじゃすると、何処があったっけ?
エンゾは不信に思いつつ、その内容証明の中身を開いた……。
あれ? これ借金の請求じゃねえ……。
でも、何だ、こりゃ?
エンゾはその『内容証明』が金銭の請求でないことに安堵した。
しかしそれは別の意味でエンゾが考えても見なかったものであり、エンゾは二度驚いた!

「なにー!? 『ジロディ箱根』への挑戦状!?」

エンゾとその常連客達は声を挙げて驚いた。
内容証明の中身は、何と彼らが走る公道レース『ジロディ箱根』への挑戦状だったからだ。
挑戦状を内容証明で送り付けるなんて前代未聞の話だ。聞いた事などあるはずもない。
しかし『内容証明』という手段で送り付けるからには、ただのイタズラとも思えない。
「一体、なんだこりゃあ……?」
「分かんねーよお! こんなのさあ……」
驚きと疑問が交錯し、エンゾ達はお互いの顔を呆けた様に見合わせるだけだった。
ガラーッ!
その時『エイドステーション』のドアが勢いよく開けられた。
「あら、ちょうど良い時に来たみたいね? その『内容証明』のことで用があるんだけど、ちょっと良いかしら?」
店のドアを開けたのは裕美だった。
映画『キューティー・ブロンド』のヒロインにして敏腕弁護士“エル・ウッズ”よろしく白いブラウスにピンクのスーツで決めた裕美は、愛車の赤い『ルーテシア』をエンゾ相模川の店の前に乗り付けてやって来た。
「お前かぁぁーー!! この請求書……じゃなかった、挑戦状を送り付けて来たのは!? ふざけた真似するんじゃねーぞ!!」
エンゾが大声で怒鳴り付けるが、裕美は全くひるむ様子もない。
「そうよ、私がその内容証明の差出人、北条裕美よ。テル君やユタ君の代わりに、私があなた達の『ジロディ箱根』っていう『サイクリング』に参加してあげるわ。感謝しなさい。逃げるなら逃げても良いわよ。そうしたら大の男達が女の子一人から逃げ出したって、この内容証明をWebで全国にばらまいてあげるんだから!」
「てめえー! 誰かと思ったら、この前の派手な『トレック』に乗っていた女じゃねーか! ふざけるなよ! 俺達の『ジロディ箱根』は神聖なレースなんだよ! それを『サイクリング』だって? ジロディ箱根はなあ、元全日本チャンピオンの森春幸師匠も参加する国内最高峰のレースなんだよ!」
「そうだよ、森師匠だって参加しているんだ。お前は森師匠にも逆らうのか?」
「エンゾさんは、ロードバイク界のカリスマなんだよ! ロードバイク雑誌の『バイシクル・クラブ』にも出れるくらいなんだよ!」
エンゾとその常連客達は自分の実力でなく、プロの威光や雑誌での知名度を使って吠え立てているが、裕美からすれば彼らは何かカン違いをしているとしか見えない。
裕美にとって、そんなもの怖くも何ともない。これから戦うのは、“弁護士”の裕美なのだ!
「ふん! 何がレースよ。公道で無許可でレースなんかして良いと思っているの? 暴走族と同じじゃない。そんなに『レース』だなんて言い張るなら、警察に道路交通法違反で告発するわよ。このバッチを見なさい!」
裕美は襟に付けたバッジをエンゾとその信者達に見せ付けた。
天秤の模様が描かれたそのバッジ。“罪の重さ”を測るために与えられた、その特別な力を象徴する天秤こそは、弁護士の証に他ならない。
この現実の社会では、水戸黄門の印籠以上に力を持つバッジだ。
「まさか、お前弁護士か? ふざけやがってー! 弁護士が国家権力の手先になるのかよ!?」
「あら、エンゾさん? どうしたの? 弁護士だからって怖気づいたのかしら? レースじゃない『サイクリング』だったら勝負してあげるって言ってるのよ。それでもあなた達逃げるつもり?」