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恋するワルキューレ 第三部

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「フン、言ってろよ! お前達みたいに、マナーもルールも分からない奴が速い訳ないだろう。裕美さん、帰りましょう!」
「ホウ、お前等みたいなシロウト連中が言うじゃないか?」
 それまで信者に持ち上げられ偉そうに黙っていたエンゾ相模川が、無精髭の残る口元に笑みを浮かべて喋り始めた。
「だったら俺達のレースに来てみろよ。『ジロディ箱根』っていう箱根の峠を二周するレースさ。俺らにケンカを売ってくる奴も、このレースからはみんな逃げちまうんだ。まあお前らじゃ俺達に勝つどころか、完走も出来ないだろうけどな」
「そうだよ、お前らじゃ芦ノ湖に付く前に、引き返す羽目になるだろうな」
「「ハッハハハ……!」」
「ふーん、箱根ねえー? 面白いじゃん。勝負してやるよ!」
「ちょっと、テル君!」
「裕美さん、大丈夫ですよ。レースならケンカする訳じゃないから平気でしょ?」
「そうそう、俺達があんな腹の膨れた親父に負ける訳ないし。アイツらの鼻っ柱をへし折ってやりますよ!」
「そうよね……。レースで勝負なら問題ないわよね? そうよ! テル君、ユタ君、あんな最低の人達負かしちゃってよ!」
「何だとー! お前等、エンゾさんの凄さを知らないのか?」
「『ジロディ箱根』は森春幸師匠も出る位のレースなんだよ! お前等、森師匠も馬鹿にするのかよ!?」
 信者のオジサン達が再び声を荒げた。
だがエンゾは、フンと鼻で笑い、信者共を制止した。
「ガキが強がるのも今のウチさ。ちょうど一カ月後に、『ジロディ箱根』があるからな! 『エイド・ステーション』まで来いよ。ガキ共、ビビって逃げるなよ!」

* * *

「――で、美穂さん、そう言う訳なんすよ。あんな奴らは俺達が負かして、雑誌なんかでデカイ顔できないようにしてやりますから!」
「ケンカは流石にマズイけど、レースでなら思いっきり叩きのめせるもんなあ。アイツ等に身の程ってのを教えてやって、二度と他人の悪口を言えない様にしてやりますって!」
「そうそう、あんな自分勝手な奴はサッサと自転車界から消えてもうらおうぜ」
テルとユタは『ワルキューレ』に戻り、得意満面の笑みで美穂に事の次第を話していた。
しかし美穂は何故か二人の話を聞けば聞く程、不機嫌になっていった。
テルとユタから事の顛末を聞き終え、やっと口を開いた。だが、いつもの美穂らしからぬ重い口調だ。
「ほおぉ……。テル、ユタ? それでお前達はその箱根のナンチャラレースとかに出るつもりなんか?」
「もちろんですよ! 美穂さんもあんな奴がロードレース界からいなくなった方が良いと思うでしょ?」
「箱根を二周するくらい、俺達でしたら楽勝ですからね。まあ軽くヒネってやりますよ!」
「アホか、お前ら!! 何、調子に乗っとるんやーー!」
美穂が突然、これでもかというくらい大声で怒り始めた!!
「えっ……? 美穂さん、一体どうしたんすか……?」
「別に俺達、調子になんて……。あんなオヤジに絶対負けませんって!」
「馬鹿でアホなのはお前らや! 何を考えとるんや、公道でレースやってぇーー!!」
再び美穂が顔を真っ赤にして大声で怒鳴った!
テルやユタ、それに裕美も心臓が止まりそうになった。プロレーサーとして厳しい一面もあるが、姉御肌で面倒見の良い美穂がこれ程怒ったことなど見たこともないし、裕美達にも全く想像できなかったからだ。
「テル、ユタ! 公道でレースなんかやって、万が一のことがあったらどうするんや!ちいとは考えてみい!」
「あっ…………」
テルとユタもすぐに美穂の言わんとすることが分かり、それ以上、声が出せなかった。二人とも途端に顔を曇らせてうつむいていた……。
「お前ら、やっと分かったようやな。普通、ロードレースってゆうもんは道路を封鎖し行うもんや。車とロードバイクが接触すれば命に関る事故になるからな。そんなこと考えればすぐ分かるやろ! それにレースは相手と競ることになるから、無理にスピードを出そうとするし、事故の可能性だってグンと高まる。事故は万が一じゃない、百分の一、いや十分の一の確率で起きるンや。お前らだってレースで毎回落車が起きるのを見とるやろ!」
「…………。」
「それに相手と接触して怪我なんかさせたら、どうするんや? 安全が最優先される公道でレースなんかして、相手に万が一のことがあったらお前ら犯罪者や! 一生を棒に振りたいンか? お前ら、暴走族と同じやで! それに相手を怪我させたら補償だってどうするんや!? ガキやないんやで! お前らそうゆうことをちったあ、考えんかい!」
テルとユタは何も言えなかった。
当然だ。美穂の言うことが全て正しいのは明らかだ。アイドルとして社会的責任を問われ易いテルとユタの立場を考えれば、そんな連中に関ることさえ許されない。
「でも、美穂姉え。私だってあんな人許せないわ。だったら他のレースで勝負しましょうよ! テル君やユタ君ならサーキットだって、ヒルクライムだって負けないわよ!」
「……裕美さん、僕も彼らとは関らない方が良いと思います」
「そんな! 店長さんまで、あんな奴を許しておくの!?」
「……その『エンゾ相模川』という男は、元プロ選手と一緒に雑誌や本を出しているので、速いと信じている人も多いようですが、実際は彼がアマチュアのロードレースに出てきたことは一度もないんです。自分が他人に負けて比べられることが嫌なんでしょうね。だから自分達だけの公道レースを主催しているんです。もちろんプロや実業団の選手がそんな違法な公道レースに出ることは許されませんから、そのレースで彼らが負けることは絶対にないんです」
「何よ、それ? それじゃ暴走族が自分達は速いって自慢してるようなもんじゃない!」
「その通りです。暴走族とレースをするプロはいません。それにエンゾ相模川はヘルメットを被らないことで有名なんです。ヘルメットを被らなくては、落車するだけで命に関わる大怪我になりかねません。仮に事故で彼らを巻き込んだとしたらどうなりますか? 弁護士の裕美さんなら分かるでしょう?」
「そ、それは……。裁判になるし、下手をしたら巨額の賠償金も……」
「その通りです。車と違って相手が保険に入っているとは限りません。そんな巨額の賠償金が自己負担になる可能性もあるんです。だから決して彼らと関っては駄目なんです」
「でも、でも許せないわよ。大勢の男で取り囲んで、女の子をイジめるなんて! 舞だって泣きそうになっていたのよ!」
「あのぉ……、センパイ。わたし今日のことは気にしてませんから、もう良いですよ。怪我もなかったですし……」
それまで黙っていた舞が初めて口を開いた。
「でも、舞! あんな酷いこと言われて、あなただって許せないでしょう?」
「そんなことありませんよ……。それよりみんなを巻き込んでしまったら、わたしもっと困ります――。そうでしょう、センパイ?」
「そうだけど……。悔しいじゃない……」
「テル君もユタ君も、ごめんなさい。わたしのせいで迷惑をかけちゃって」
舞はニコッと笑って言った――。
「わたし気にしてません。平気ですから!」
…………。
裕美もこれ以上何も言えることはなかった。
「テル君、ユタ君、わたし達をかばってくれてありがとう……」