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恋するワルキューレ 第三部

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辻本もエンゾも呆気にとられた――。
二人とも呆けた顔のまま固まってしまっている――。
自分の予想と違う答えに直面し、辻本は何を言って良いのか分からず、どうも自分が間違ったのか? スベったのか?とまで思った様で、自分の失敗を誤魔化す様に気まずい顔で言うのだった。
「ああ……、お前ワシの言ってることが分からんかったんか? まあエエわ、もう一度言うたるわ」
 辻本は腕に腰を当て裕美をビシっと指差し、実に分かり易い勝負のポーズで再び挑戦状を叩き付ける。
「ええか? そこの女、ワイと茂木のレースで勝負してもらうで!」

「ちゃんと聞えてるわ。だから、イヤよ!」

…………何やて…………?
 辻本もエンゾも再び呆気に取られた。いや、時間が止まった――。
やはりまた何かを間違えたのかと思ったが、裕美の目は真っ直ぐ辻本を見据え、断固とした表情で答えていた。やはり間違いではない――。
「イヤよ!」 裕美は確かにそう言って勝負を拒否していた。
「コ、コラーー! ちょっと待ったらんかーーい! 卑怯やで! お前逃げるつもりかーー!?」
 辻本は顔を真っ赤にして怒声を浴びせるが、対照的に裕美は辻本の怒りなど一向に気にする素振りもなく、あくまでクール。ヴィーナス・ジャージとミニ・スカートの可憐な姿ならがも、その凛々しい顔は弁護士の時のものに変わり、辻本にキッパリと言い放った。
「だから、イ・ヤ・な・ん・で・す!
 逃げるも何もそもそもアナタと関わりたくないの。ましてアナタと一緒に走るだなんて絶対やーよ」
「ふ、ふざけるなーー! ワイの意地がかかっとんのや! 何がなんでも勝負してもらうでーー!」
「悪いですけど、あなたの意地になんて興味はございません。レースをするなら一人でやって下さい。悪いけどあなたみたいな人にお付き合いは出来ないわ!」
「お前、何言っとるんや――? 
ええか、ワイが挑戦状を叩き付けたんや!
ここはスポーツ漫画的に勝負を受ける処やで!
女の意地とプライドを賭けた勝負で熱くなる処やん?
『シャカリキ』を知らんのか――?
『弱虫ペダル』を読んだ事はないんか――?
ロードレース漫画はみんなアツいんやで――!
ロードレースファンの読者はみんな熱い勝負を期待してるんや――!
ちょっとは、空気を読まんかーーい!」
…………………………………………。
「もう……、空気を読むのはあなたの方でしょ? 女の子がロードレースで汗と泥に塗れて勝負に勝ったからって、男の人は喜んでくれないのよ。それ処かドン引きされちゃうわ。実際、あなただって女の子の可愛さの欠片もないじゃない?」
「よ、余計なお世話やーー! スポーツに可愛さなんぞ関係あるかーーい!」
「関係あるわ。それって凄い大切なことよ。どんなに真剣な勝負をしたって、可愛さのない女の子がスポーツをしてるのを同性の女の子だって見向きもしないわ。ましてや男の人なんてね。実際にあなたを応援してくれる男の人がいるの?」
 そう言うと、裕美はエンゾ相模川にチラリと視線を向けた。もちろん、エンゾはあなたを応援してくれるの? エンゾ以外のボーイフレンドはいるの?との無言のメッセージだ。無論、辻本は「うう……」っと答えを返せない。
「それにロードバイクに興味がある男の人だって、あなたみたいな乱暴な言葉遣いとか、女性差別とか言って八つ当たりする処を見たら絶対引いちゃうわよ。……何て言うか……、もう完全に汚れキャラよね?」
「わ、ワイが、汚れキャラやってえ…………?」
「あなたみたいな人と一緒に居たら、わたしまでローランに変な女だって思われちゃうわ。だからあなたと一緒にレースだなんてお断りなの!」
裕美はサッと振り向いて、長い髪を両手でたくし上げ背中の“ヴィーナス”を辻本に見せつけた。「私は愛と美の女神ヴィーナスなの、あなたみたいな女じゃないのよ」と言わんばかりに辻元を挑発した。
「この女ああ…………、ふざけやがってええ……」
辻本は怒りの余り、目を血走らせ唸る様な声を上げ始めた。
傍で見ているエンゾでさえヤバい――と思った時、突然、裕美が爽やかな笑顔で “誰か”に向けて手を振り始めた。
「ローラン、お帰りなさーい!」
 えっ……………………!?
マジギレ寸前の辻本であったが、そのイケメン・フレンチの名前を聞き、突然女らしさを取り戻す。
もちろん狂犬の様なヒステリックな表情も一瞬にして消えてしまった。しかしたとえローランの前で辻本が“女”に戻ったとしても、もう遅い。
ローランも、辻本にエンゾ、そしてブースの回りに集まった人だかりを見て怪訝そうな表情を浮かべていたからだ
「ヒロミ? これは一体、どうしたんダイ?」
「ローラン、助かったわあ! この“GIOS”の人達ウチのブランドに嫌がらせをしてくるのよ――」
裕美はさっきまでとの強気な態度とは打って変わり、甘える様な声でローランの腕にしがみ付いた。
“女”に戻った辻本も流石にこれにはカチンと来た。弱い女を演じて男に媚びを売るなど辻本が一番許せない行為だ。それに自分がチェックを入れたローランとの仲を見せ付けられては、辻本が再び“女の姿”を忘れるのには十分だった。
「何やあーー、そのワザとらしい態度は―――!? さっきまで散々ワイのことをボロクソ言っとったくせにーー!」
 その辻本の怒声を聞いて、いつも穏やかなローランが突然厳しい表情に変わる。
それまでの事情が分からなかったローランも辻本の恫喝的な怒声を聞いては、クレイマー処かロードバイクのジャージを着ていなければヤクザに見えただろう。
辻本はローランの顔色が変わるのを見て「しまった――」と思ったが、もう遅い。ローランは厳しい口調で辻本を問い詰めた。
「君は確かヴィーナス・マドンのことを聞いてきた女の子じゃないカ? これは一体どうゆうことダイ?」
「あああ……、それは違くて……、そのお……、そうゆうつもりやなくて……」
「ちょっとキミ達、帰ってくれないカ? 他のメーカーやブランドを悪く言うのは感心しないナ!」
「そうよ、まだこんな営業妨害を続けるなら、主催者にあなた達の妨害行為を訴えるわよ。“GIOS”をサイクル・モードから退去させるようにってね。辻本さん、さっきのあなたの妨害行為はちゃーと録音してあるんだから。エンゾさん、わたしが弁護士だってことは忘れちゃったのかしら?」
 裕美は背中のポケットからiPhoneを取り出し、音声録音アプリの画面を辻本らに見せつけた。何かトラブルがあった場合、何かしらの記録を残しておくのは弁護士として基本中の基本だ。
「べ、弁護士やてえ……? クソ……、貴様ら卑怯やで……」
辻本も流石に焦った。もうただの女の諍いでは済まない。このサイクル・モードから"GIOS"のブースが追い出されれば数百万単位の損失になる。ちょっとやそっとのクレームで追い出されることはないだろうが、相手が弁護士とあっては万が一のことを考えざるを得ない。
辻本は一瞬ローランを見遣るが、ローランは依然厳しい表情のままだった。
「別に……そんなケンカをするつもりなんてなかったんや……。ただ、その女がワイの邪魔を……」