恋するワルキューレ 第三部
「恥ずかしいけど、これも仕事のためよ!」と自分に言い訳をしながら、裕美はにこやかにカメラに視線を送るのだった。
それに注目を集めているのは裕美だけではない。ローランもサイクル・モードへ来た女性達の注目を集めていた。
元々ヴィーナス・ジャージは女性をターゲットにした商品なので、女性客が集まることは当然ではあるが、集まる女性客の中にはジャージやバイクよりもローラン目当ての女の子も少なくなかった。金髪のローランは日本人の女の子から見ればまるで王子様のようなルックスだし、甘く優しい笑顔を見れば女の子なら誰でも心が蕩けてしまうだろう。
でも傍でローランの人気を見ている裕美はちょっと複雑だ。
裕美は自分がそのローランと良い仲なのだと考えると、ちょっと優越感のようなものを感じたりもするが、やはり他の女の子に囲まれたローランを見るのは少々不愉快でもある。
実際、裕美が見ているだけでも、ローランに露骨なアプローチをする女の子は一人や二人ではない。
もう! あの子ったらそんな肩を寄せて――。ちょっと離れなさい!
うーん、あの子はロードバイクのことを分からない振りしてローランと話し込んでるし――。でも何度も同じ事を聞いてくるなんてミエミエよ!
もう! あの子は写真までおねだりして! ここはメイド喫茶じゃないのよ!
ああーー! メルアドを教えてだなんて下手な逆ナンは止めてよね! 女の価値が下がるわよ――!
ちょっと、あなた達!? 本当にわたし達のバイクとジャージに興味があるの――?
裕美は営業スマイルでにこやかに客達に応対しつつも、ローランに接近する女の子を見ては心の中で怒りの声を上げていた。
ローランに群がる蛾の様な女の子の達に対する苛立ちもあるが、自分達はヴィーナス・ジャージとバイクのプロモーションの為にここに居るのだ。ローラン目当ての女の子達のために、本当にこのジャージとバイクに興味のあるお客様を見逃してはビジネスとして大きな損失になってしまう。
もう! 何よ、あの子達ったら!? ローランだって困ってるし、他のお客様にも迷惑だわ!
特に裕美の目にとまったのが、一人のショートヘアの女だった。青いロードバイクのジャージを着ていることと、その引き締まった身体からそれなりに走れる女性だと分かるが、正直女性としての美しさを放棄したその姿はどう見てもロワ・ヴィトンブランドやヴィーナス・ジャージからは無縁の存在だった。
ロードバイクメーカーのロゴがこれ見よがしに大きく書かれたジャージのセンスの悪さもさることながら、彼女のショートヘアは痩せた頬と浅黒く日に焼けた素肌を目立たせるだけで全くの逆効果だ。ショートヘアは女の素顔を顕わにしてしまうだけに、余程の美人でなければ許されるものではない。
それに彼女はメイクもしていなかった――。これはもう女を止めているとしか思えない。
わたしだったらそんな姿じゃ、絶対ローランの前に絶対出れない――!
ともかくファッションからヘアスタイルまで、裕美の常識とはかけ離れた女性であることは間違いなかった。
その彼女が何度もしつこくローランに声を掛けていた。ただ声を掛けると言っても小声で控え目に一言二言ローランと話すだけなのだが、彼女はその後もチラ見をしつつ、ローランの手が空けばまた彼の処へ赴き、それが済んでもまたローランに何かを尋ねてと、あからさまに彼に興味があります――とのアプローチをかけていた。
それが5、6度を超えては裕美も流石に苛立ちを抑えられない。
裕美も「ちょっと、あなた、本当にウチのブランドに興味があるの? ローランへ目当てのアプローチなら止めてもらえる!?」と彼女を厳しく問い詰めようとも思ったが、ローランや他のお客様達の前でそんなことは言えるはずもない。
仕方なく裕美は彼女に直接注意するのでなく、ローランを接客から一時引かせることにことにした。
裕美は「失礼致します」とローランが対応している女性に断りを入れつつも、ローランにフランス語で話しかけた。プライベートな会話を他人に聞かれるのは接客上好ましくないし、「それにローランはわたしのボーイフレンドなの。他の人は入り込む余地はないのよ」と、彼女に見せ付けるためのものでもあった。
Laurent, on va prendre du repos ?
「ローラン、そろそろ休憩にしない?」
Hiromi , c’est ca....
「ヒロミ、うーん、そうだネ……」
ローランはお客様と話をしているので、ちょっと迷った素振りを見せるが、「ごめんなさい。また後で」とお客様に断りを入れて、裕美とフランス語で話し出した。
D’accord, Hiromi! C’est l’heure du repas. Allons dejeuner. Alors je vais acheter un cafe et sandwich.
「ダコール、ヒロミ! もう食事の時間だしちょっと休もう。それじゃあ、ボクがコーヒーとサンドイッチを買ってくるヨ」
Mercy, Laurent. Mais je vouldre manger aussi un dessert. Si possible, je voudrais une tarte aux fraises.
「ありがとう、ローラン! でもわたしデザートも食べたいの。出来ればわたしイチゴのタルトが食べたいなあ」
Hahaha…. D’accord, Hiromi!
「ハハハ……。 分かったよ、ヒロミ」
Mecry boucoup, Laurent!
「ありがとう、ローラン。」
Alors, je vais au cafe.
「それじゃあ行ってくるネ」
Au revoir, Laurent!
「行ってらっしゃーい! ローランッ!」
裕美はローランの好意を“一人占め”したことに満足しながら、新妻よろしく手を振り満面の笑みで彼を送り出した。
うーん、ホント、ローランって優しいわよねえ。流石“アムールの国”の男の人だわ。イタリア人みたく下心を出さずにスマートに女の子を喜ばせてくれるんだからステキよね。
そう言えば“店長さん”もそんなスマートな感じよね? 自転車屋さんの店長らしくないって言うか、体育会系っぽくないって言うか――。もともと旅行代理店のサラリーマンだったって言うし……。
…………やだ、自覚していなかったけど、わたしが選んじゃう男の人ってそうゆうタイプばかりなんだわ。だからルックスが良くてもツバサ君とはいつもケンカしちゃうし、テル君も可愛いけどちょっと弟みたいで物足りないし……。
でも、ローランと店長さんを比べたらどっちがステキかしら……?
………………………………………………。
わ、わたしったら何を考えているのよ?
確かにローランとは友達として仲が良い方と言えるかも知れないけど、“ガールフレンド”って訳じゃないし、それに店長さんだっているし……。
だけどローランはわたしのことどう思ってくれているのかしら?
この前の富士スピードウェイでのレース以降、二人切りで会うことないし……。
冷静に考えたら、やっぱりただの友達よねえ……。
作品名:恋するワルキューレ 第三部 作家名:ツクイ