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恋するワルキューレ 第三部

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 そんな二人の微妙な空気を察してか、美穂が時折、場を盛り上げようと話を振るのだが、それがサディスティックな無茶振りなので裕美も“彼”も困るしかない。
「なあ、タッキー、裕美は可愛かったぞーー! キスをしてる時なんか猫みたいにビクビク身体を震わせてなあーー。やっぱ処女は可愛くて仕方ないわああーー」
「キャアアアーーー!! もう美穂姉えったら、変なこと言わないでよーー!!」
「まあエエやん、裕美。変に堅苦しいより、エエやろ?」
「それはそうなんだけど……」
 裕美が未だに納得してなさそうに呟くと、美穂は裕美の耳元でそっと囁いた。
(それにタッキーだってあっちの抵抗感も下がったはずや。裕美に手を出し易くなるやろ?)
(そ、そんな……。手を出すって……。お願いだから店長さんの前でそんなこと言わないで……)
「アハハハーー、裕美はやっぱ可愛いなあ。タッキー、もたもたしてると、わたしが裕美を貰ってしまうで?」
そう言って美穂は裕美をまた抱き締めた。さらにその勢いで裕美に顔を近づける――。
「きゃあーー!! ダメーー!! もう女同士のキスはイヤーー! 美穂姉え、許してーー!!」
「ああぁぁーー! 美穂さん、ここじゃ流石にマズイですよ! ストップ、ストップーー!」
 チッ、と美穂は残念そうに、裕美から身体を離したのだった。
「そうは言ってもなあーー、裕美も男日照りのままじゃ可哀そうやろ? 誰か慰めてやらんと――」
「そんなあ……。美穂姉え、もう許してえーー!!」
 美穂も裕美を指して「男日照り」とは何とも非道い言い方だが、その言わんとすることは分かる。「二人とも何やっとるんや、さっさと言ってしまわんかい!」。そう言いたいが故のこの無茶振りだ。
しかし裕美にしても“彼”にしても、美穂も居て人目もあるこのレストランの中では告白の様な大胆なことを言えるはずもない。さり気なく言うにしても、美穂に突っ込まれて台無しにされかねない。それ故この状況でただモジモジしているのだが、おかげで美穂にブレーキがかからず、余計に二人は何も言えなくなってしまっていた。
でも裕美も決して不機嫌な訳ではない。
これで良いのかもね……。店長さんとも仲直り出来たし、こうして自然にまた会える様になったんだもん。今日もいつもより“彼”の笑った顔が見れた気がするわ。確かにまだお友達のままのちょっと曖昧な関係だけれども、絶対に何か変わった様な気がする。これも“ファム・ファタール”のジャージのおかげかな……?

そんな三人の笑いと悲鳴が交錯する中、美穂のイジリを遮るためか、“彼”は苦し紛れに話を切り替えてきた。
「そう言えば裕美さん、あのジャージの版権の問題はどうなったんですか? ちょっと僕も心配していたんですけど……」
 そうなのだ。実はステージの後もとんでもない大騒ぎになって、彼をヤキモキさせていたのだ。
 エリカとはまた喧嘩になっちゃったし、トレック・ジャパンの浅野さんは顔を真っ青にしてその場で卒倒しそうになるし――。ロワ・ヴィトンでも支店長まで集まって大騒ぎになったし――。
 でも大丈夫。今回は全てが良い方向に解決したのだ。
だって――。
「大丈夫よ、店長さん。色々あったんだけど、その件はちゃんと解決したの。心配させちゃってゴメンなさいね」
「本当ですか? でも一体どうやって? 僕もかなりマズイ事態だと思ったんですけど……」
「それは心配しないで。ちゃんとトレックやラコックも含めて問題は解決したんだから! 実は今日、その件で店長さんに改めてご挨拶をしようと思って来たの――」
裕美がそう言って“彼”に一枚の名刺をに差し出した。

―――――――――――――
ラコック・ジャパン 
日本総代理店
取締役 デザイン部部長
北条 裕美
―――――――――――――

「――取締役!?――
 ――裕美さん、これって本当ですか?」
 裕美から渡された名刺の肩書に“彼”も目を白黒させている。
「フフフ……、見ての通りよ! わたしのデザインしたジャージが認められて、わたしラコック・ジャパンの取締役になったの! デザイン部の部長って肩書でね。もちろんロワ・ヴィトンの弁護士の仕事も続けるわよ」
「裕美さん、大出世じゃないですか! 取締役なんて、凄いことですよ!」
「そんな大したことじゃないわ。ラコックだって日本じゃまだまだだし、ロワ・ヴィトン・グループの一部門でしかないもん。でも、わたしにとってはスゴイ嬉しいことなのよ。だって自分のデザインしたジャージが認められたんだもん」
「そうですよね――。その気持ち分かりますよ。マドンナ・ジャージもほとんどは裕美さんのお手柄ですけど、やっぱり僕も嬉しいですからね」
「ありがとう。それでね今日はワルキューレでもラコックの商品を取り扱って欲しくてお願いに来たの。これからはお仕事でもお付き合い出来ればな――、なんて思って。
店長さん、お願い出来るかしら――?」

「ハ、ハイ、もちろんです。是非お付き合いさせて下さい――!」


第11話、終り――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第12話『フェミ・ファシスト女とレースバトル! 〜 男を、その男をよこさんかーい!』

「キャー! ローラン、海が見えてきたわー! 天気も良いし今日は最高ね!」
湾岸線を降りて幕張のオフィスビル街を抜けると、アメリカ西海岸を模した街並みと青い海が一気に裕美の視界へ飛び込んできた。車の窓を開けて朝の爽やかな空気を吸い込めば、否が応でも開放的な気分になってくる。
今日は天気も良く絶好のドライブ日和だ。何より平日に仕事を休んで来れたというのが気分が良い。
うーん、お仕事をサボっちゃうって、悪い事をしているのになぜが楽しくなっちゃうのよねえ。しかも今日はローランと一緒だし、なんか最高にうれしい――!!
「ねえ、ローラン! このままドライブしちゃいましょうよ! ちょっと位良いでしょ?」
「おいおい、ヒロミ? 今日は遊びに来たんじゃないんだヨ」
「でも、見て! こんなに天気も良くて気持ち良いのよ。こんな日に仕事なんかしてられないじゃない?」
「ハハハ、そうだネ。まだ少し時間もあるしちょっと海岸に行ってみよう。渋滞もないからすぐ戻れるしネ」
ローランも基本的にマジメな性格だが、早速“サボタージュ”に同意してくれた。やはりローランもフランス人らしく、仕事よりも太陽とバカンスが何よりも好きなのだろう。
「そうよ、ローラン! 少し海で遊びましょう?」
「でもヒロミ、ただの海岸だヨ? 何をして遊ぶンだい?」
「別に何もしなくたって良いのよ! 海を見ているだけでも気分が良くなってくるじゃない? 少しゆっくりできるだけでも十分だわ。
あっ、そこのスタバで停めてくれる? わたし何か買ってくる。ローランは何か良い?」

本当は裕美とローランの二人は幕張まで遊びに来たのではない。今日から幕張メッセで行われる自転車の祭典『サイクル・モード』で、フランスのスポーツ・アパレル『ラコック』の手伝いをするためだ。