恋するワルキューレ 第三部
「ロードレースのジャージにヌード!? そんなのってアリ!?」
「ヌードってあなた何言ってんのよ! あの絵を知らないの!? ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』の絵と同じだわ!」
「凄いアート・ジャージじゃない! しかもヴィーナスよ!?」
ジャージの背面には美しいブロンドヘアーを携え、一糸まとわぬ姿を晒す美少女! その裸体を晒すことに恥じらいの表情を見せる可憐なヴィーナスの姿に男の視線が釘付けになる。
今までの“女性用ジャージ”にはない華麗さと鮮やかさ。しかもトレックの聖母マリアのジャージにはない女性美とエロスがある。
愛と美の女神ヴィーナス――。
しかもそのジャージを美人ロードレーサーとして有名な美穂が着てステージに立っているのだ。彼女を知るものなら尚更目を見張る! 美穂を先頭に10人程のモデルがそのジャージを着て、観客にヴィーナスを見せ付ける光景は圧巻の一言だ。
「あれってプロレーサーの吉岡美穂だろう!?」
「彼女が裸のヴィーナスって……、エロい! ヤバいよ、あれ!」
「美穂ーーーー!! 美穂ちゃーーん!!」
そして驚きの声を上げるのは“彼”も同じだった。
「あのジャージをラコックで販売するのか? しかもこんな大規模に!?」
“彼”が裕美から聞いた話では、あのヴィーナス・ジャージはあくまでブランドイメージの向上のためのサンプルであると言うことだったし、そもそも裸のヴィーナスと言うセクシャルなジャージがどれだけ売れるか全くの未知数だ。それがこのショーで美穂を初め何人ものモデルがこのジャージを着てステージを闊歩している。ラコックも大量に販売することを狙ってのアピールだ。
そうなれば“彼”も何としてもこのヴィーナス・ジャージをカメラに収めなくてはならない。すかさず美穂をファインダーに収めシャッターを連写する。
パシャ、パシャ、パシャ!
会場からも一斉にシャッターの音が響き、フラッシュが次々もモデル達を照らし上げる。実際に観客からも「キレイ……」と溜め息交じりの声が聞こえる程で、知名度においてはエリカに負けても、美穂や外人モデル達が居並ぶステージの華やかさは決して引けを取らない。
更に美穂はバイクから降り、様々なポージングを取り背中のヴィーナスを観客に見せ付ける。時折、白いミニスカートの裾を持ち上げ、レーパンをチラ見せするなどサービス満点だ。
スカートの中はレーパンなのだから見せても問題ないはず――。なのに男達はスカートの中を覗く都度、オオーと思わず声を上げる残念ぶり。
だが美穂はそんな男達の視線を余裕の笑顔で受け止め、その豊かなヒップを更に揺らす。白いプリーツスカートが軽やかに舞い上がる光景に、会場の全ての男達がその絶対領域に視線が集まる。
そんな男達の欲望をエスカレートさせる美穂の行為に、会場からは「美穂ちゃーん!もっとー!」などと不埒な声が上がるだった。
そんな反応に美穂は気を良くしたのか、美穂はフフフ……と不敵な笑みを見せると、ショーダンスを止め会場の男達に視線を向けた。
すると美穂はサッとレーパンの上に履いたスカートを外し、「そらっ」と観客席に投げ付けた。
舞い上がる白いスカート! 同時に男達の絶叫に似た声も舞い上がる!
「オオオーー!! そのスカート俺に寄こせーー!!
「美穂―――!!」
会場から一斉に男達の欲望を含む声が響き渡り、空を飛ぶ美穂の生スカートを掴まんと何人もの男が手を伸ばす。一人の男が運良くスカートをキャッチ! しかしスカートを手にした男は周囲の、特に女性から冷たい視線に気付き顔をアタフタと慌てだす。
「ハハハーー、プレゼントやーー! 恥かしがらずに、貰っておいてやーー!」
美穂はスカートをゲットした男へ声を掛けると会場からドッと笑い声が漏れた。
ワハッハハハーーーー!!
「美穂ちゃーーん!! 男前――!!」
「ハハハーー、ありがとなーー!!」
美穂が観客に向けて手を振ると同時に、会場に流れる音楽が止んだ――。ステージのフィナーレだ。
パチパチパチパチーーーー!
会場からは割れんばかりの拍手が鳴り響き、美穂への声援が飛び交った。
「美穂ーー!!」
「女神さまーー! ヴィーナスーー!!」
「美穂ちゃーん! 結婚してくれーー!!」
会場から美穂とヴィーナス・ジャージに対する賛辞と歓声が次々と湧き上がった。
エリカの時と違い男達の野太い声が目立つ処は少々気になる処だが、むしろ美穂はそんな男達の声に満足した様子で嬉しそうに手を振っている。
だが、そんな観客の熱狂と盛況ぶりに冷や水を浴びせるかの様に、ステージのスポットライトが徐々に消えていった。次のステージがあるとは言え、アンコールもなしに強制的にショーを終了させる進行に観客から不満の声が溢れていた。
「何だよ、もう終わりかよ――」
「ああもう少し、美穂ちゃんを見たかったよなあーー」
「まあ、しょうがねえよ。美穂ちゃんに礼を言っておこうぜ」
「そうだな。美穂――!」
「美穂ちゃーん! ありがとうー!」
会場からは不満の声が残りつつも、未だに美穂に惜しみない声援が送られていた。
でも何かがおかしい――。何人かの観客がショーの異変に気付いた。
ラコックのショーが終わったはずなのに、次のブランドのアナウンスもされない。それにモデル達もまだスポットライトの消えたステージから去る気配もなかった。
会場からはざわめきの声が聞こえ始めていた――。
「あれ……、終りじゃないのか?」
「なに? まだ続きがあるの?」
ラコックのステージはまだ続く――。観客がその事態を認識するに連れ、また別の疑問が脳裏を過ぎった。ステージの最後にはそのブランドが最もアピールしたい商品を出すのがセオリー。つまりまだステージが続くのであればラコックにとっての切り札があると考えるのが自然だ
「でも吉岡美穂とヴィーナス・ジャージ以上のものって――?」
誰もがそんな疑問を口にする中、会場に新たな音楽が流れ始めた。
All the Things She said.
All the Things She said.
Running through my head.
Running through my head.
This is not enough…
流れる曲は”t.A.T.u.”《タトゥー》の”All the Things She said”!
レズビアン・シンガーとも言われた少女のデュオユニット”t.A.T.u.”《タトゥー》。二人の少女の声のコーラスとエフェクトが繰り返えされるにつれ、次第に観客の期待も高まってくる。――次に何があるのか――?
突然ステージの後ろに立つ一人のモデルにスポットライトが照らされた。
当然観客の視線の全てが、そのモデルに集中する。
しかし全く反応はない。期待外れだった――。
スポットライトの先には黒いジャージを着た一人のモデルだけ。その黒いジャージも何かの模様が描かれているのだが、それまでの赤い薔薇が咲き誇るヴィーナス・ジャージと比べると地味としか言いようがない。しかもそのモデルはアイウェアで素顔を隠しているため華やかさの欠片もない。黒いドレスにサングラスをかけてパーティーに出る様なものだ。
作品名:恋するワルキューレ 第三部 作家名:ツクイ