恋するワルキューレ 第三部
男性には聖母マリアに対する憧れを、女性には自らが美しいマリアになったと幻想を抱かせる――。可愛いロゴやキャラクターをあしらっただけの“女性用”ジャージとは明らかに格が違う。
それにステージの上でのエリカもモデルとして別格の存在感を見せ付ける動きだった。何度もターンを繰り返しては、その長い髪を両手で優雅に髪をたくし上げ背中のマリアを観客に見せ付ける。
またポージングも女性らしさをアピールするよう工夫されている。脚を内側に閉じて両膝を密着させることで脚がより細く見え、対照的にヒップラインのふくらみがより強調される。ボディラインが露わに出るロードバイク・ジャージならではのポージングだ。
「キャアアァーー! エリカーー!!」
少ないはずの女性客からは強烈な声援が飛び交い、エリカがポーズを変える度こぞってフラッシュが眩い光を放つ。カメラマンがエリカに見蕩れ、このステージを撮り逃したのではプロ失格だ。フラッシュの数こそがエリカへの称賛に他ならない。
「店長! エリカさん、ヤバいっすよ、マジで!」
普段エリカを見慣れているツバサでさえも驚きを隠せない。
「今更驚くなよ。エリカさんも伊達にCanCanのモデルをやってる訳じゃないぞ!」
「そりゃあそうですけど、エリカさん、ココまで盛り上げてくれるなんて――! これなら女性だって喰い付きますよ!」
「ツバサ、それよりビデオはちゃんと撮れているか? この写真もかなり注文が来るぞ!」
「ハハハ、任せて下さいよ! あんなエロいエリカさんを俺が撮り逃すはずないじゃないですか? 伊達にチャラい男はやってませんって!」
二人が話している間にマドンナの”Vogue”が鳴り止み、エリカがポージングを止め、会場の人々に向けて手を振り始めた。ステージの終了だ――。
パチパチパチ――――。
パチパチパチ――――。
「エリカーー! キャーー、エリカーー!」
会場からは大きな拍手と声援が鳴り響いた。カメラマン達も撮影が終わるや否や、カメラを捨てて一斉に手を打ち始める。それはマドンナのジャージやダミアン・ハーストのマドンを既に知る“彼”やツバサも例外ではない。両手が熱くなるほど手を打ち、拍手をエリカのへ讃辞に変え伝えていた。
「いやーー、店長! エリカさんのステージ、良かったですねーー!? これなら女の子も確実に飛び付きますよ! ジャージをデザインしたウチの株も上がるじゃないんですか?」
「ああ、期待できそうだな。これもエリカさんのお陰だよ――」
「本当ですよ。ジャージのロイヤリティーもガッチリですね! ああ、もうステージが終わっちゃいますよ。アンコールがないのが惜しいーー!」
「ハハハ、仕方ないだろう。次のブランドのステージが押してるしな。次も頼むぞ、ラコックのステージだ」
「ウィ! 要チェックのブランドですね!」
ステージのスポットライトが消え、会場の明かりが灯されると共に、“彼”もツバサも再び撮影の準備を始めた。
次はフレンチ・アパレルブランド、ラコックのステージだ。新ブランドだけにラコックに対する紹介記事も多くなるし、バイヤー達からも仕入れの参考にするためにと、写真やビデオのニーズは高い。
それに“彼”もラコックが何を出すのか興味をそそる。トレックと同じステージタイムを押さえる位だ。相当のモノを出して来るに違いない。俄然、“彼”もカメラを構える手に力が入る。
再び会場の照明が暗くなり、音楽が流れ始まる――。
ラコックのステージが始まった!
音楽と共にモデル達がステージの上を軽快にウォークし、フレンチ・スポーツウェアを観客に見せ付ける。サイクル・アパレルだけでなくランニング用ウェアも敢えて出すなど多彩な商品のライナップだ。ステージが進行するにつれ会場から女性達の囁き声が聞え始めてきた。
「可愛いわね、あのデザイン……」
「そうね、女の子が好きそうな感じね。カラーリングも可愛らしいわ……」
「凄いわね、ラコックさん。レディース・オンリーのラインナップよ。ランニング・ウェアも使えそうだわ……」
エリカのステージの様な歓声はないが、招待客のバイヤー達からは商品に対する好意的な会話が静かに交わされている。ラコックのデザインはナイキやアディダスの様にアスリート向けのエッジの利いたデザインではない。しかし女性を強く意識しているのか、カジュアルでも丸みのあるソフトなスタイルは他のメーカーにはない特徴的なデザインだし、カラーリングもパステル調の柔らかい色彩が多く、何より女性向けのウェアが圧倒的に多い。
それにアピールの方法も徹頭徹尾女性向けだ。ステージに立つモデル達のほとんどが外人女性で構成されている。ステージの華やかさとモデル達のクオリティの高さはとてもサイクル・アパレルのショーとは思えない。しかもメンズアパレルの紹介でも女性モデルが着てアピールしているのだ。男装をした外人モデルがエキゾチックで妖しい香りを漂わせ、女性客の心を虜にするには十分だった。
「店長、ラコックもハンパないっすねーー! ガイジンですよ、ガイジン!」
「おい、ツバサ、驚くのはそこじゃないだろう? よく見ろよ!」
「ハハハ、分かってますよ、店長! でも凄いと思いませんか? あれだけのモデルを揃えるのにどれだけ金がかかってるんだか? ラコックもマジで気合入ってますよーー!?」
「ああ、それは正直驚いたよ。ブランドカラーをキッチリアピールしてるし、ファッションショーとしてはむしろこっちの方が正統派だ」
「本当ですねーー。俺もこんな本格的なステージ見たことないですよ!」
「ああ、まるでミラノやパリのファッションショーみたいだよ――」
“彼”がそう呟いた時、突然ステージのスポットライトが消えた。
暗がりの中、一台のロードバイクが花道を通り、観客席にせり出すステージの中央に立った。微かに写し出されるシュルエットで乗り手が女性だということが分かる。しかもその女性一人ではない。更にその後方に何人ものモデル達が並びステージに列をなした。
ショーの構成が変わるな――
“彼”はステージで起こる次の動きを察知し、ファインダーを注意深く凝視した。
再びステージにスポットライトが照らされたその時――、“彼”は驚きの声を上げた!
「――美穂さん! それにあのジャージにバイクは――!?」
彼の目に写るは、女性プロロードレーサーにしてモデルも務める長身の美女、吉岡美穂! そして赤い薔薇が一面に咲き誇る鮮やかなジャージとロードバイク!
“彼”が見間違えるはずもない! 裕美がデザインした“ヴィース・ジャージ”と“マドン”だった。
オオオォォーー!!
美穂のジャージとバイクを見た観客から驚きの声が上がる。
「ラコックでも女性用のジャージ!?」
「赤い薔薇のジャージ! 素敵じゃない!」
「バイクまで薔薇のペイントが! あれって“マドン”じゃないか?」
一瞬にして観客はその赤い薔薇と虜になった!
しかし会場の注目を浴びたのは赤い薔薇とそのジャージを着たモデル達だけではない。目ざとい客がこのジャージの“真の主役”に目を向ける!
「オイ、ジャージの背中も見てみろよ! ――あれって女の裸?」
作品名:恋するワルキューレ 第三部 作家名:ツクイ