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恋するワルキューレ 第三部

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「まあそんな気にする程でもありませんよ。ラコックさんが何をするか知りませんけど、ウチが負ける訳はありませんからね!」
「まあ、それもそうですね……」
「じゃあそろそろステージが始まりますから、わたしはバック・ステージに行っていますから。それじゃ滝澤さん、カメラをお願いしますよ!」
 浅野氏はエリカやマドンナ・ジャージに対する自信から、ラコックなど関係ないとばかりに“彼”の不安を気にも留めず去って行った。
「店長、何をボーっとしてるんですか? 本当にステージが始まりますよ」
 まだ何か考えている“彼”に、「仕事をして下さい」とばかりにツバサが声を掛けた。
「いや、この前裕美さんがラコックで仕事をしたって言ってたのを思い出してな……」
「店長、この忙しい時に何を言ってるんですか!? それって大分前の話でしょう?今回のショーとは関係ないと思いますよ」
「まあそうなんだけど、ちょっと引っかかってな……」
「はああ……、まあ店長の気持ちは分かりますけどね。裕美さんの事はあとでキッチリやりましょうよ。それより本当にステージが始まりますよ」
 ツバサが“彼”を急かすと、程なくして会場の照明が暗くなり、ステージにスポットライトが照らされた。サイクル・アパレルショーがいよいよ始まる。
「ほら、店長! 急いで下さいよ!」
「ああ、分かった……」
 ツバサに急かされ、仕方なく“彼”は撮影の準備に入った。スポットライトで照らされた誰も居ないステージにフラッシュを焚き写真を撮る。フラッシュの光の強さや露光の具合を確認するためだ。昔のフィルムタイプのカメラと違い現在のデジタルカメラは画像ソフトである程度の修正は利くが、スタジオ撮影と異なりステージの撮影は一発勝負だ。念には念を入れなくてはならない。 
 ツバサはツバサでビデオカメラの液晶画面を覗きながらズームイン・ズームアウトを繰り返しカメラ位置と角度、それにステージまでの距離感を確認する。オートフォーカス機能があるとは言え、決して気の抜けない作業だ。二人に緊張感が走る――。
いよいよアナウンスが終わり会場に音楽が鳴り響く!
サイクル・アパレルショーのスタート!
トレック・ジャパンのステージが始まった!
トレックのサイクル・アパレルウェアを着たモデル達が次々とステージをウォークし、“彼”は小気味良くシャッターを切る。鮮やかなウェアに身を包むモデル達を“彼”は次々とフィルムに収めた。
彼らが着ているジャージ類はサイクル・アパレルと言っても、アメリカン・ストリート・スタイルのカジュアルウェアが圧倒的に多い。自転車ブームと言ってもまだ揺籃期。ロードバイク用のレーシーなジャージよりも、エントリー用のカジュアルウェアの方がマーケットが断然大きい。それを見越しての商品ラインナップだろう。
ただこのステージが通常のファッションショーと違うのは、バイクに乗ったモデル達が次々とステージに登場することだ。
ロードバイクのみならずクロスバイクにマウンテンバイクなど、トレックの自転車の数々とそのバイクに合わせたウェアを着たモデル達が次々とステージを闊歩し、その姿を観客に見せつけた。自転車とアパレルの双方を同時に見せる。バイクだけでなく、ナイキとのコラボでサイクルアパレルも扱うトレックならではの戦略だ。
 そしてトレックのショーも中盤に差し掛かる頃、突然ステージから全てのモデルが消え照明が落ちた。それと同時に一台のロードバイクにスポットライトが当てられる。
 オオオォォーーー!!
会場から声が驚きの声が漏れると同時に、パシャ、パシャとカメラの撮影音とフラッシュが会場の至る処から響く。
白く光輝く純白のフレーム!
フレームやホイールを彩る無数の碧い蝶!
コンテンポラリー・アートの巨匠ダミアン・ハースト作った“マドン”だ!

このバイクのオリジナルモデルは何と本物の蝶をロードバイクのフレームに張り付けられたものだ。数多の蝶の翅が標本の様にフレームに張り付けられ、クリアコーティングで固めらることで、生きている時よりも美しく煌びやかに翅を輝かせるその姿に誰もが心を奪われ、そして生贄とされた蝶達に複雑な思いを寄せるだろう。
美しさと残酷さが共存するクレイジー極まりない、そして世界で最もビューティフルなロードバイク――。既存のロードバイクとは比較にならない、正に格の違いを見せ付ける“破格”のロードバイクだった。
日本で販売するマドンはその蝶の翅をプリントしたレプリカモデルだが、それでもローディーや業界関係者の話題をさらうには十分なものだ。

観客もここぞとばかりにそのマドンをカメラに収める。
 しかし“彼”はまだシャッターを切らない。既にそのマドンなら十分に撮影済みだ。
“彼”が狙う被写体をじっくりと待つ間に、誰もいないステージにスポットライトが当てられる。それと同時に会場の音楽が変わった。
無機質なドラムマシンと煌びやかなジャズピアノのフュージョン!
抑揚を抑えながらも、透明感溢れる美しいヴォーカル!
ハウスミュージックの最高傑作、“マドンナ”の”Vogue”《ヴォーグ》だ。
来る――!
“彼”は誰もいないステージに向かってカメラを構えた。
 その時、一台のロードバイクが一瞬にして花道を駆け抜けた!
 ロードバイクを駆る女性――。ヘルメットとアイウェアで顔を隠しながらも、クールな微笑みと濃いルージュは間違いない。
エリカだ――!
エリカはブレーキを掛けステージの中央でピタリと停まる。
観客の注目を一身に集める中、エリカはヘルメットとアイウェアを脱ぎ捨て素顔を露わにした。素顔を隠したクールな美女が一転、長い髪と華やかなメイクを施した瞳を露わにする。
「オオオーーー!! エリカだーー!!」
「キャアアーー!! エリカよーー!! キレーイ!!」
会場からは男達の歓声だけでなく、女性からもキレイ……、可愛い……と溜め息交じりの声が聞こえる。たかだかヘルメットとアイウェア程度の小道具だか、美女が隠した素顔を露わにするだけに効果は大きい。
そんなエリカが美しい蝶の飛び交う芸術的なロードバイクに乗っているのだ。さながら白馬を駆る女神の様で、観客も否が応でも注目せざるを得ない。
パシャ、パシャ! パッ、パッ!
会場のあちこちからデジタルカメラのシャッター音が響きフラッシュが光る。溜め息と驚きの声、そしてカメラのシャッター音が心地よいアクセントとなり、リズムマシンとマドンナのヴォーカルをより一層盛り上げる!
そんな会場の熱気と対照的にその様子を冷静に見ていたのがエリカだ。彼女は観客が少し落ち着いたと見るや、バシッっとビンディング・ペダルを外す音を響かせ、観客の意識を引きつつ素早くバイクから降り、そして観客に背を向けた。
 神々しいばかりの聖母マリアが降臨した――。
エリカの背中越しに描かれた聖母マリア! そしてマリアを称える大天使ガブリエル、白いユリの花、金色の十字架などが神々しくそのジャージに描かれている。
今まで誰もが見たことのないレディース用ジャージに会場から驚きの声が広がる。