恋するワルキューレ 第三部
確かに舞はロードバイクに乗りたてで、まだ上手に乗れてるとは言い難い。舞の様な『可愛い女』が自分の弱みを素直にさらけ出して男に助けを乞えば、もう結果は100%見えている。あざといとも言えるが、舞に『嘘』がないだけに裕美も非難しにくい。
テル君さえも、「舞さんって、可愛いっすねー。俺より年下に見えますよー?」とまんざらではない様子だ。
「まあ、テル君も舞が気に入ったの? やっぱり男の人って可愛い女が好きよねえ?」
「ハハハ、でも裕美さんみたいな、お姉さんも好きですよ。甘えさせてくれますからねー」
もう! テル君は知らないだろうけど、舞は甘えさせてくれることも上手だから困るのよー! 舞ったら、そっちもスゴイ上手なんだもん。
でも男の人ってどっちが好みなのかしらね? 可愛い妹と、甘え上手なお姉さんか……。ローラン達フランス人から見れば、わたしもロリータになっちゃうから可愛い女で攻めるしかないけど、店長さんはどっちが好みなのかしら……?
「裕美さん、さっきから、なにブツブツ言ってるんすか?」
「あら、ちょっと考え事をしていたのよ。テル君はどんな娘が好みなのかなーってね?」
「おっと、チェックが厳しいですねー!? もちろん裕美さんが一番ですから、安心して下さいよ」
「相変わらずお上手ね。でも教える方がお留守になっているわよ。テル先生、お願いするわ」
「そうですね。じゃあ、裕美さん! 俺らも行きましょう!」
* * *
「テル君、教え方がスゴイ上手ね。少し早くなった気がするけど、気のせいかしら?」
「気のせいじゃないっすよ! ペダルに重心を持ってくると、体重が自然とペダルにかかりますからからね。ペダルがしっかり踏めるようになってパワーも上がるんです」
「ふーん、重心とか姿勢を変えるだけで、スピードが上がるなんて不思議ね?」
「結構、ポジションやフィッティングでスピードは変わりますよ。ポジションを変えると、使える筋肉も変わってきますからね。階段を登るとか、地面を蹴って走るイメージでペダルを踏めば上手く身体を使うことが出来ますよ」
「分かったわ。走るイメージね!」
公園での練習は、効果テキメンだった。車道と違って、テルが教えてくれたことをじっくり反芻しながら練習できるし、筋肉の動きや体の重心のバランス感覚を研ぎ澄ませて走らせられるので、『身体のセンサー』が敏感になって、ペダリングも綺麗でスムーズになったような気がする。
こうなればシメタもので、裕美も白線の上を走るコツというものが掴めてきた。
「でも知らなかったー! ロードバイクってただ道路を走るだけじゃなくて、こうゆう『ちゃんとした練習』もあるのね?」
「アハハハ。まあ、これも美穂さんに教えてもらったんですよ。美穂さんがねえ、『あんたら真っ直ぐ走れないやないか!』って俺達をイビるんですよ。わざと道路がヒドイ所を走って言うんですからねえ。もちろん美穂さんは、キレイに白線の上を走っていくんですけど」
「アハハッ、美穂姉え、厳しいー!」
一方、舞とユタのペアも上手くやっているようだ。ユタが遅れ気味の舞にペースを合わせて走りながらアドバイスをしている。
「舞さーン、ちょっとギアを上げてみて下さい。バランスを取るにはギアが軽すぎてもいけませんからね。ちょっとギアにも気を付けて!」」
「分かりましたー!」
ユタ君もイイ子よねー。遅れがちの舞に、嫌な顔一つせずちゃんとフォローしているんだもん。男の子の鑑だわ。さすがに二人ともアイドルよねえ。
舞も思ったより真面目に練習しているし、これならすぐにテル君達と一緒に走れるようになるかなあ。
「裕美センパーイ。わたしも上手く走れるようになりましたよー!」
「テルー! 舞さんも、もう行けると思うからさあ、ちょっと外を走ってみない?」
「OK! 裕美さん、それじゃあ、もう一度車道を走りましょう。今度は上手く走れますよ」
裕美達は公園を出て、再び車道を走り始めた。
今度は白線の上を走らなくても良いが、『キープレフト』での走行練習だ。
この道路は片側一車線ながら若干広めの道路ではあるので、自転車が車道を走っていれば車が右側に避けて追い越してくれる。それに1車線ゆえに路上駐車もなく、比較的ロードバイクで走り易い道路だった。
「舞さーん! これ位のスピードでどうっすかー? 速くないですかー?」
「ユタくーん、ちょっと厳しいですー!」
「分かりました! もうちょっとスピードを落としますねー!」
先頭を走るユタが最後尾にいる舞に声をかけた。
舞に合わせたペースで走らなくてはならないので、先頭を引いてるユタが何度も声をかけてチェックをしている。
舞は車道の細かな凹凸のためか、また隣を横切る車のプレッシャーからか、まだ車道でスムーズに走ることは厳しい様子だ。
そんな時裕美は、舞の後ろにいつの間にかロードバイクの集団が走っていることに気が付いた。この車道はロードバイクとクルマが走れば、もう追い越しをするスペースはなくなってしまう。裕美達が少々遅めに走っているので、追い付いてしまったのだろう。ロードバイクが渋滞しているといった珍しい現象だ。
そんな“渋滞”の最中に事件は起きた!
「ドケ! お前ら遅いんだよ! 道を譲れ、バカヤロウ!」
後ろから突然、男の罵声とも言える怒鳴り声が聞こえてきた。
その声に驚いたのは舞だった。
「キャ!」と声を出すと同時に、その怒声を聞いて反射的にブレーキをかけてしまったのだ。
舞が減速してしまったことで、トレインの間隔が一気にゼロに縮まる。
「ああーっ! 危ねえぇ!!」
ザザーッ! ジャー、ザーッ!
男の叫び声と共に、激しい摩擦音が響いた。
金属が擦れ合う高い音ではない。低く鈍い音が断続的に発生する!
舞のバイクの後輪と、男のバイクの前輪が接触したのだ。
ヒバリが鳴く様な舞の悲鳴と、野太い男の悲鳴。音程が全く異なる二つの悲鳴が同時に響き渡った。
「キャー! 怖ーい!」
舞のバイクが、後輪の接触によって上下左右に暴れ出す。
こんな状態では、バイクに乗る本人もバランスを保てるものではない。まさに地に足も付かない状態だ。足がペダルから滑り落ちる!
舞がバイクから放り出された――!
「だわーっ! ハンドルがー!」
一方、後ろにいた男も大声を出して慌てふためく。
バイクの前輪が接触しているのでハンドルが切れない。文字通り足を取られた状態だ。ハンドルが切れないバイクの進む道は一つしかない。アスファルトの上だ!
バイクと男の身体が右側に大きく傾いた――!
ガチャン! ガシャーン!
舞と一人の男が落車した!
だが落車だけで済む問題ではない! 二人とも『右側』に倒れ込んだのだ!
ここは“車道”だ!
後方からクルマが、舞達の元へ飛び込んで来た――。
キキーーッ!!
“時速50km/hの風”が二人の上を通り過ぎた――。
幸いにも事故にはならなかった。
道幅に余裕があったこともあり、ドライバーはとっさにハンドルを切り、車は辛うじて二人を回避したのだった!
パパーーッ!! パーッ、パーッ!
後から続くクルマも大きくクラクションを鳴らしながら、舞達の横を通り過ぎて行く。
作品名:恋するワルキューレ 第三部 作家名:ツクイ