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恋するワルキューレ 第三部

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そんなテルの質問に、裕美はちょっと返答に困ってしまった。裕美はロードバイクにも乗るが、フレンチ・カーの『ルーテシア』でブイブイ言わせることもあるスピード・フェチだ。自転車の立場に立つこともあれば、ドライバーの気持ちも分からないものでもない。
「うーん、言い難いけど、車からするとちょっと邪魔よねえ……。狭い道路だと自転車が遅くて、追い抜けなくて渋滞しちゃう様なこともあるし、夜ライトも付けない人も多いからヒヤッとすることもあるわ……」
「裕美さんの言う通りなんです。俺らも美穂さんから言われたんですよ。『道路では弱者優先が原則。車より歩行者や自転車が優先されるべきや。でも弱者の立場を利用してルールやマナーを無視することは絶対に許されん。だから車道では車の邪魔をしないで走ることだ』ってね」
「実際、『車の邪魔=事故の危険が増える』ってことですからね。車の邪魔をしないって方法は、もう二つしかないんですよ。スピードを車に合せるか、ひたすら左端を走ることです。で、美穂さんにやらされた練習が『真っ直ぐ走る』ってことなんです」
「真っ直ぐ走るだけなの? たったそれだけで良いの?」
「それがですねー、これが意外に難しいんですよ。それに「真っ直ぐ走る」ことは、速く走るってことに直結しますからね。結構、大切なんですよ」
裕美も流石にテルとユタの言っていることは理解できなかった。
隣で話を聞いていた舞は??と不思議そうな顔をしている。
真っ直ぐ走る位なら、ある程度スピードを出せば誰でも出来る。なのにどうして、わざわざそんな練習をするのかしら?
「まあ一つ試しにこの道路の白線の上を走ってみましょう。乗ってみれば分かりますよ。オレらの後について来て下さい」
テルとユタが車道に入り、裕美と舞が後を追う形で走り出した。車道の左端の白い “線路”の上を、4人は文字通り“トレイン”を組んで走るのだ。
たたその白線の幅は15センチもある。幾ら自転車とは言え、ちょっと気を付ければ、余程の事がない限り線路を外れることはないだろう。裕美はそんな風に軽く考えていた。
だが裕美や舞がその異常に気が付くまで、ものの1分もかからなかった。
アレ、アレ? ちょっと、何よこれ?
「裕美センパーイ。これ無理ですよー!」
早速、舞が悲鳴を上げている。
こんな所で、真っ直ぐ走るなんて無理に決まってるじゃない!?
なぜって、道路の端は路面が荒れ放題だからだ。排水溝のフタ等の障害物も多いし路面も凹凸では、タイヤが硬いロードバイクでは振動がダイレクトに響きバランスをすぐに崩してしまう。こんな悪路で真っ直ぐ走れとは、裕美達に意地悪をしている様にしか思えない。
だが、テルとユタはそんな悪路もモノともせず、白線の上を真っ直ぐ走っているのだ。
何? 一体、わたしと何が違うの!?
「キャー! 怖いですー! 待って下さーい!
舞の泣き言が聞こえたのか、テルが『止まれ』のハンドサインを出して、裕美達は一旦歩道に戻った。
「ちょっとここは路面が悪かったっすねー。でも車道の左端ってのは大抵路面が悪くって、真っ直ぐ走るのも結構難しいんですよ。こういった悪路でも左側に寄って真っ直ぐ走らなきゃいけないってことですからね。広くて綺麗な道路だと逆に路上駐車が多くて、今度は後ろを見てクルマが来ないかをチェックしたりで大変なんです。車道を走るってのは、ロードバイクの基礎的なテクニックが問われるんですよ」
「ええー? でも、こんな所をどうやって走ったら良いんですか? ちょっと怖いですよ……」
舞が困った顔をしているし、裕美も全く同感だ。
「色々コツはあるんですけどね、ちょっと車道は怖いでしょうから、まずはそこの公園で練習しましょう」

「それじゃあ、ちょっとバイクを持ち上げますから、裕美さん、舞さんも、よく見てて下さいね」
 ユタが舞のヴィーナス・バイクを片手でサッと持ち上げて見せた。
「わあ、ユタ君、力持ちですねー! すごーい!」
「ハハハ、そんなことないです。ロードバイクは軽いから、女の子だって片手で持てますって。それよりもバイクを見て下さい。ちょうど、水平になっているでしょう? ロードバイクの重心ってのは、ちょうどペダルの付け根の“BB”って言う所にあるんですよ」
「あのー、でもバイクの重心と上手に乗ることと、どうゆう関係があるんですか?」
「舞さん、ナイスな質問です。それはですね、バイクの重心と乗り手の重心を一致させることで、バランスを取り易くするんでよ。積み木をちょっと考えてみて下さい」
「積み木ですか……?」
「そうです。例えば積み木を高く積み上げて、仮にその重心の位置がズレていたらどうなりますか?」
「すぐに崩れちゃいますよねえ……?」
「そうです。それはロードバイクも同じですよ。逆に重心が一致していれば、ちょっと揺れた位じゃ、積み木は崩れないでしょ。多少バイクが跳ね上げられても、身体のバランスが崩れくなって、さっきみたいな道も怖くなくなります」
「ふーん、そうゆうものなんでしょうか? わたしあんまり運動神経良くないから、ちょっと分からないかもです……」
「大丈夫ですって。ちょっとコツさえ掴めれば、ロードバイクと身体の重心が一致して『軸』が出来る感覚が分かりますよ。文字通り『人馬一体』って感じで楽しいですよ。オレが支えてますから、まずはこのままバイクに乗って試して下さい。
「ユタ君、バイクを離さないでね? 絶対ですよー!」
「ハハハ、そんなことしないですよ。じゃあまず、ここのブレーキのブラケットの部分を握ってみてー」
「ええ!? このブレーキの所ってちょっと怖いんです!」
「大丈夫ですって。ここは公園だし、危ないとこはないですよ」
「はい、それじゃあ……」
舞はハンドルの先端のブレーキの部分を握り、深い前傾姿勢を採った。
「じゃあ、腕と胴体で三角形を造るイメージで乗ってみて下さい」
「三角形、なんですか……?」
「そうです。それだけなら、簡単でしょう?」
「そう三角形を造って、あとは重心をペダルにってことだけ考えれば良いですから」
「わ、分かりました……」
「それじゃあ、その感覚がつかめるまで、公園を走ってみて下さい」
「ハイ」と言って舞はペダルを踏んで走りだした。
「舞さーん、イイっすよ。その姿勢ですー!」
「きゃー、ユタくーん! 怖ーい!」
 舞は悲鳴を上げて、直ぐに戻って来てしまった。
「ユタ君、なんか前より怖い様な気がしますよー! 前のめりになったって言うかあ!」
「ハハハ、今まで舞さんはちょっと上体を起こし気味でしたからね。それじゃあ、補助ブレーキの所を握ったままで良いですから、さっき教えたことを思い出しながら乗ってみて下さい」
「分かりました。でもユタくんも一緒に来てくれます?」
「イイっすよ。俺が行きますから、走りながらレクチャーしますよ!」
「じゃあ、わたし頑張ります!」
舞は『可愛い女』でユタを誘い、二人で公園の中の周回コースを走り始めた。

もう、舞ったら本当に上手ねえ……。
 舞がユタを誘う手口に、裕美は呆れながらも感心していた。
舞は歩くことも出来ない子猫を素で演じて、ユタをアッという間に自分の懐に誘い込んだからだ。