恋するワルキューレ 第三部
「今更隠す様なことの言わないで下さいよ。傍からみればバレバレですよ!? それに前から裕美さんだって店長に露骨にアプローチしてましたからねーー! 裕美さんも美人で頭も良いしーー。両手に華で羨ましいに決まってるじゃないですか?」
ツバサの冷やかしめいたセリフを聞いて、“彼”はムっとした顔になる。
「……ツバサも良く言うな。ホントは全然羨ましいなんて思ってだろ?」
「あれ!? やっぱ分かりますかーー?」
ツバサはいかにも「バレました」と言った様におどけて見せた
「そりゃ、そんなニヤけた顔をしていればな。傍から見てて『面白そうだ』って顔をしてるんだ。そんなに羨ましいって言うんなら、お前からエリカさんに声をかけてみたらどうなんだ? それとも裕美ならどうだ? お前も裕美さんとは結構仲が良いしな?」
“彼”が「どっちだ?」とばかりにツバサを睨むと、ツバサは気まずそうに目を逸らす。
「ハハハハ…………。いやあ、店長すいません。二人とも勘弁して下さい――。まあ確かに二人とも美人なんですけど――、二人とも我が強いって言うか、プライドが高いって言うか、扱い難そうな女のオーラがバンバン出てるじゃないっすか? 俺だったら二人とも絶対イヤですね!」
「ハア……、そう言うと思ったよ……」
「だってもう、エリカさんなんか半端ないじゃいないすっか? プライド超ーー高いって感じで。仮に付き合ったらとしたら、尻に敷かれるどころじゃありませんからね。 俺、マゾッ気ないですし――」
「じゃあ、裕美さんならどうなんだ? お前だって傍から見れば裕美さんと上手くやってる様に見えるしな。少なくともウチの店で裕美さんと一番話しているのはツバサだろ?」
「いやああーー、店長、チェック厳しいなあーー! でもやっぱり裕美さんは裕美さんで、エリカさん程じゃないにしろ、かなりプライド高いですしーー。弁護士で頭良いって言いますけど、妙に子供っぽい処あるじゃないですか? 実際トラブルばっかり起こしてばっかだし――。裕美さんもかなり微妙ですよねーー?
まあそうゆう訳ですから、俺は店長がどっちと付き合ってっも全然問題ありませんし、むしろ傍から見てる分には最高に面白いですからね。
――で、ぶっちゃけ店長としてはどっちが好みなんですか?」
「はああ……」と“彼”は頭を抱えて溜め息を付いた。
「ツバサ、頼むから勘弁してくれ。そこまで分かってるなら言わなくても分かるだろう――?」
「ハハハーー! やっぱ、そうっすよねーー!? まあ確かに二人とも美人ですけど彼女にするのはアレっすよねーー?」
ツバサは声を上げて大笑いした。もしこの場に裕美とエリカが居たら、「女性の敵」として間違いなく物理的暴力と社会的な報復を招くだろう。男としてもそうだが、店としての営業にも影響が出かねないセリフで、客商売の社会人としては完全にアウトだ。
「……それ位にしておけよ。本来ならお客様のことをアレコレ言うのはスタッフ同士だって御法度だ。実際に客の前でボロを出しかねないからな」
「心配要りませんって! 俺だって二人を別に嫌ってる訳じゃありませんから変な事は言いませんよ。まあただ俺のタイプじゃないってだけで。二人とももうちょっと可愛げがあればねえーー」
「だからそれがアウトなんだよ……。そろそろ本当に止めておけよ」
「まあ店長、そう釣れないこと言わないで下さいよ。こっちだって二人とどう扱ったらもんか頭を悩ませてるんですからーー。特に裕美さんなんか店長のことになるとやたら五月蠅いし――」
「それは――。まあ、ツバサには悪いと思ってるよ……」
“彼”は店長としての威厳もなくツバサに返す言葉もなかった。実際ツバサは“彼”が居ない時には、決まって裕美の八つ当たりの対象にされているのだ。客とは言えど、裕美をイジり返してやりたくなるのも無理はない。
「もう店長もどっちかに決めても良いんじゃないですか? エリカさんなんかどうですか? 俺も可愛気がないなんて言いましたけど、さっきはビックリしましたよーー。わざわざ俺達のためにメシまで買いに行ってくれるんですからねーー。結構甲斐甲斐しい処あるじゃないっすか? プライド高い割にああゆう良妻っぽい処があるんだから意外ですよねーー? 意外とツンデレで可愛い性格なのかも知れませんよーー?」
“彼”はツバサの問いかけに黙ったままだ。しかしツバサは“彼”への冷やかしを止める様子はない。こんな美味しい話のネタはないとばかり、顔がニヤけっぱなしだ。
「でも裕美さんも悪くないと思うんですよねーー? 確かにプライドが高いとこあって扱い難いんですけど、ちょっと抜けた処もあって何か憎めないですしーー。ああゆうのを“愛されキャラ”って言うんですかね? それに前はトラブルばっかり起こしてくれましたけど、最近ジャージのデザインも手伝ってくれたりで少し頼りになるって言うか、ちょっと変わってきましたよーー!」
「まあな……。ジャージの件は感謝してるよ……」
「でしょう!? 何だかんだ言って、二人とも悪くはないですよ。
――まあただ、店長が躊躇する気持ちも分かりますよ。二人ともプライド高いし、彼女は彼女らで仕事で忙しくてワガママも多そうですしからねーー? それとも別の可愛い女の子でも探しますか? ウチのお客さんにだって二人ほど美人でないにしろ素直で可愛い娘だっているじゃないすか?」
そんなツバサのおちゃらけた話を、“彼”しばらく押し黙って聞いた後、“彼”にしては珍しくツバサを睨み、厳しい口調でツバサに問い返した。
「お前な……。まさか客の女の子に手を出すなんてことはしてないだろうな? そんなことをしたらお前だってクビだぞ。俺だってお前のことをかばうつもりはないからな――」
「ハハハッーー! 安心して下さいよ、店長! そんなことしてませんって!」
ツバサはそんな疑いを一笑に付した。もちろん“彼”もツバサはそんな下手なことをしないことは分かっているが、店長としての立場上、スタッフがそんな軽口を叩いては「本当だろうな?」と語気を強め詰問しなくてはならない。
しかしそんなことではヘコたれないのがツバサである。なおもニヤけたまま彼への追及を止めはしない。
「でも店長? マジメに付き合うって言うんなら話は別でしょ? そんな正しい恋の道まで閉ざされたんじゃあ、流石に俺もやって行けませんし、店長だってお客様だって窮屈でしょう? そんな人を俺は助けはしても邪魔はしませんよ。ですからマジメに付き合うって前提での話で、店長はどうするのかって聞いてるんですよーー?」
「だからそんな事はないって言ってるだろう!?」
彼氏彼女を冷やかすツバサの子供じみた態度に、当然“彼”も不機嫌になりキッパリと否定する。だがツバサは「そんなことないでしょう? どっちが良いんですか?」としつこく追求を続けたことから、彼も「ハア」と溜め息を付き、諦めたととばかりに本音を話した。
作品名:恋するワルキューレ 第三部 作家名:ツクイ