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恋するワルキューレ 第三部

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表情やポージング、カメラのアングル、ジャージの絵の見栄え具合、それらを総合的に判断した結果、自分の気に入った写真、素材として使える写真、使ってはならない写真を区別し、それらを次々とフォルダに寄り分けて整理していくのだ。そこにはカメラの前で見せるトップモデルの爽やかな笑顔はなく、キャリアウーマンの様な鋭い視線と厳しい表情があった。
普通のモデルであれば写真のチョイスはカメラマンに任せ、モデルが口を挟む様なことはないのだが、エリカは頑として譲らない。そんな態度が生意気だと叩かれることもあったが、エリカにしてみれば自分がどの様な姿で雑誌に載るのかチェックもせずに他人に任せてしまうことの方が信じられない。ただカメラマンに撮られるに過ぎない素材としてのモデルなのか、自分のイメージをプロデュース出来るモデルなのかか、そこで自分が価値が決まると考えているからだ。競争の激しいモデルの世界では、ただ漫然と撮られるだけでは決して生き残ることは出来ない。
そんなエリカでも“彼”が撮った写真にはなかなか満足している様だ。Dust Boxに捨てられるファイルは数える程しかなく、エリカは画像をスピーディーにチェックしていった。
「ふうん……。なかなか良く撮れてるわ。滝澤君に任せて正解だったようね」
「そうですか? ありがとうございます。お世辞でもエリカさんにそう言って貰えると嬉しいですよ」
 “彼”がそんな型通りの礼を言うと、エリカはちょっとムスっとした顔に変わった。
「滝澤君、もうちょっと喜んでくれる? わたしがこんなに簡単にOKを出すことなんて滅多にないんだからね?」
「えっと……、そうなんですか?」
「当然よ! わたしだってプロなんだから仕事に関して妥協なんかしないわ。そりゃあ“先生”なんて言われる人なら別だけど、センスのないカメラマンじゃどんな風に撮られるか分かったもんじゃないし、下手な写真を使われたらモデルとしてのイメージを台無しにされかねない。こっちだって真剣よ!」
「いやあ……。それはありがとうございます。エリカさんにそこまで言って貰えると嬉しいです……」
「もう……、本当に嬉しいって思ってるのかしら……?」
「も、もちろんですよ! ただそこまで言って貰えるなんて僕も驚きで――」
「ふーーん……。本当かしら――?」
 エリカはちょっと機嫌悪そうにジト目で“彼”を睨んだ。
「まあ、でもカメラマンを滝澤君にお願いして正解だったわ。ロードバイクのジャージの撮影がこんなに勝手が違うなんて思わなかったもん。ポージングも全然違うし、それにこのジャージって身体のラインが全部出ちゃうから、やりにくいったらありゃしない。滝澤君のアドバイスのおかげで大分助かったのよ?」
「ハハハ……、ありがとうございまず。僕もジャージの撮影は何度もやってますから、それ位は出来ませんとカメラマンとして呼ばれた意味がありませんからね」
「フフフ……。それもそうね。それ位しっかりやって貰わないとプロとしてはやっていけないわよ。明日のステージの撮影もよろしく頼むわ!」
「もちろんです。良い写真を撮りますよ!」
 そんな二人の間に今回アシスタントとして来ていたツバサが声をかけた。
「エリカさん、店長、お疲れっす。撮影は終わったんですか?」
「ああ、エリカさんのOKが出たから今日は終わったよ」
「そうですか、それじゃあバイクを明日の会場に搬送しますから片付けて良いっすよね?」
「助かるよ、ツバサ。これから撮ったデータの整理と修正をしなきゃならないんでね」
「え!? ちょっと待ってよ、滝澤君! まだ仕事があるの? 今晩は折角遊べると思ったのに!?」
 二人の会話を聞いていたエリカが驚きと不満の声を同時に上げた。今日、エリカ達はサイクル・モードのプレイベントと写真撮影のために、幕張メッセの近くのホテルで泊り込みで仕事をしているのだ。仕事が終わったと言えど、自宅に戻れる訳ではない。
「エリカさん、申し訳ないですですけど、サイクルモードの準備でトレック・ジャパンの人達もかなり大変なんです。僕らだけ遊びに行くなんてとても出来ませんよ」
「じゃあ、わたし一人で食事を済ませろって言うの? クライアントもちょっと酷いんじゃない!?」
「エリカさん、彼らも仕方ないんです。怒らないでやって下さい!」
「だからって礼儀ってものがあるんじゃない!? それに何よ、このクラインアントは!? いくら仕事だからって人を呼ぶだけ呼んで現場もろくに見ないで、仕事が終われば後は放置してくって言うの?」
 エリカはますます激高して声を荒げた。プライドが高い性格な上に彼女の言う事に筋が通っている分、怒りにブレーキがかからない。
「すいません、エリカさん。トレックの人達も本当に大変なんです。明日から始まるサイクルモードは業界の人間にとって、1年で一番重要なイベントなんです。特に明日のプレイベントは業界関係者や取引先の人達が集まりますから、営業の人にとってはどうしてもそっちを優先せざるを得ないんです。俺が何か買ってきますから、怒らないでやって下さい」
「……………………
まあ滝澤君がそうゆうなら仕方ないわね……。我慢するわ……」
「すいません、今から何か買って来ますから――」
「滝澤君、ちょっと待って!」
エリカは“彼”を引き止めると、まだちょっと不満気な顔を残しながら立ち上がった。
「それならわたしが夕食の準備をするわ。滝澤君も忙しいんでしょ? ちょっと美味しそうなモノを探して買ってくるから仕事を続けていて」
「あ、いや、俺が行ってきますよ?」
「いいから仕事を続けて! わたしが行ってくるから。でも代わりに食事くらいなら付き合ってよ? いいでしょ?」
「あっ、はい……。もちろんです……」
 エリカの予想外の甲斐甲斐しさに彼も少々面食らって声が続かなかった。実際エリカはまだ不機嫌な表情をしっかりと残しているにもかかわらず、言う事とその行動はは気の利く大人の女性のものなので、そのギャップに彼も戸惑ってしまう。
「それじゃあ着替えてから買いに行くから、ちょっと時間がかかるけど待っててくれる? 滝澤君の好みのものは買ってこれないかもしれないけど我慢してね。ツバサ君も要るでしょ?」
「もちろんです! エリカさん、ゴチになります」
「ええ、それ位ならおごってあげるわ。じゃあ滝澤君、後で電話するから――」
 そう言って、エリカは素早くスタジオを後にした。
ツバサはエリカが声の届かない場所まで離れたことを確認すると、ニヤニヤ笑いながら兄貴分である“彼”に目を向けた。
「ふーーん、何か良い感じっすねえーー?」
「……何だよ、ツバサ? 何か言いたそうだな?」
「いやあーー、店長が羨ましいと思いまして――。エリカさん、間違いなく店長に気があるじゃないっすか? CanCanの売れっ子モデルですよ? あんな美人からアプローチしてくれるなんてありえないっしょ!?」
「……あのなあ、エリカさんは仕事で一緒にいるだけだからさ……。あまり変なことと他人に言うなよ」