恋するワルキューレ 第三部
彼に迷惑かけてばっかりだけど――。
――それの何が悪いのよ!!――
――わたしを助けてくれる王子様じゃない!!――
ダメよ!
彼に対して愛情も恋も感じないエリカに彼を盗られるなんて絶対許せないわ!
どんな手を使っても、彼を取り戻さなくちゃ!!
女として負ける訳にはいかないわ!
でも……、どうしよう……?
どうしたら彼はわたしの方に振り向いてくれるの?
“店長さん”からはアプローチしないって、美穂姉えにまで言われちゃってるし……。
そんな状態じゃ、仮に告白したって「良いお友達でいましょう」って言われかねない。ヤブヘビになっちゃう……。
でもモタモタしてたらエリカに先を越されちゃう……。
ジャージのごたごたなんか忘れて仲直りしたって、またお友達からだもん。
もう美穂姉えの言う通り、“女の武器”を使うしかないの?
裕美はプルプルと体を震わせながら、昨日買った真赤なビスチェを手に取った。
これのビスチェを着て……。
どうするの? 彼を押し倒すの……? それともいきなり脱ぐの……?
……………………。
ノン! ノーーン!! そんなのダメよーーー!
そんな痴女みたいな真似をしたって、ドン引かれちゃう可能性だってあるもん。
痴女みたいに思われたら、恥かしくて二度と顔を見せられない! 本当に死にたくなっちゃうわよーー!
そんなロシアン・ルーレットみたいなギャンブル出来る訳ないわーー!
……………………。
どうしよう? 舞みたいに男の人を誘えればなあ……。
舞ったらあんな可愛い顔をしているのに、何の躊躇いもなく男の人を誘えちゃうんだもん。
昨日だって、舞が着ていた下着も凄かったし……。
昨日ランジェリーショップで舞の下着を見た時、裕美は思わず絶句した――。
舞がパステル調の黄色いブラウスの下に身に付けていたブラはレースをあしらった“黒”だったからだ。
『男の人はみんな喜んでくれるんですよーー!
最初は男の人も目をパチパチさせてビックリしちゃうんです。
わたしが黒の下着を付けているのが意外みたいでーー。
だから言ってあげるんです。
『子供に見られても困るから――』って。
そうすると男の人もスゴク積極的になってくれるんですーー』
……そんなの反則よ……。
妹みたいに小さくて可愛い舞が黒の下着を付けてるなんて――、
別にフレンチ・ロリータの趣味がなくても、男の人なら誰だってその気になるじゃない!?
舞もある意味“魔性の女”よね……。あんな幼くて可愛い顔をしているに……。
ハアア……。“魔性の女”かあ……。
裕美は溜め息を付きながら本棚に並べられたとあるフランス映画のDVDを手に取った。その映画のタイトルは、
――“Femme Fatale” 《ファム・ファタール》――
フランス語で”Femme”は『女』を指し、そして”Fatale”は『運命』を意味する。
赤い糸と糸で結ばれた『運命の人』――。
しかしその《ファム・ファタール》の裏の意味は、男を破滅させる『魔性の女』と言う意味もある。
フレンチ・サスペンスの巨匠“ブライアン・デ・パルマ”監督の映画『ファム・ファタール』はそんな魔性の女と彼に運命を狂わされた男達のドラマだ。
その映画で注目を集めたのがスーパーモデル出身のレベッカ・ローミンと、スイスの高級宝飾ブランド『ショパール』が作った、総計380カラット、金額にして1000万ドルのダイヤをあしらった宝石とも言えるビスチェ! 蛇の形を模した黄金のビスチェだった。
ダイヤと共に輝く黄金の蛇は妖しく女性の背中や胸に絡み付き、ふくよかな胸の蕾をわずかに隠すのみ。ビスチェとは言いつつも、その蛇のビスチェは女性の肌を隠すことは叶わず、下着としての役目を果していない。
アダムとイブに快楽を教え、楽園から追放させた悪魔の使いの蛇。
そんな快楽の象徴である蛇のビスチェとエロスの香り漂うモデルの姿態に世界中の男が虜になった。まさに『魔性の女』だ。
そしてその蛇のビスチェの魅了されたのは男性だけでない。1000万ドルのダイヤと黄金の妖しい輝きは女性さえも虜にした。1カラットのダイヤでさえ女性の心を動かすには十分なのに、そのビスチェの380カラットものダイヤとゴールドの輝きに世界中の女性が本物の恋よりも激しく心が揺さぶられたのだ。
はああ……、わたしも魔性の女になれたらなあ……。
こんな下着を付けられたら、彼の心も簡単に虜に出来るのに……。
……でも仮にこのビスチェがあったって、とても恥かしくて着れないわよね……。普通の下着だって恥かしい位だもん……。
……せいぜいロードバイクのジャージが位だもんね……。
……あれ……?
下着は見せられなくてもジャージだったら良いんじゃないの……?
そうよ!!
男の人だったら女性のボディラインが見えるロードレース用のジャージが嫌いな訳はないし、下着を見せるのと同じ効果があるんじゃないかしら!?
それに店長さんはレーパンが好きなんだし、素敵なジャージを着ればわたしに目を向けない訳がないわ!
“彼”と何を話して良いか分からないけど――。
“彼”と話すキッカケもないけど――。
でも一緒に走ることなら出来るわ!!
この蛇のビスチェみたいに、“彼”を虜にできるジャージを作れば――!!
――わたしだって“魔性の女”になれるわ!!――
* * *
パシャ、パシャ!
「エリカさん、もう少し背中をこちらに見せてもらえますか!? 背中の“マドンナ”が少し隠れてしまってます!」
「こんな感じ? どうかしら?」
「そうです! 背中はそのまま! 目線はこちらにお願いします!」
「オーケー!」
パシャ、パシャ!
“彼”はカメラのシャッターを切るとファインダーの画像をチェックし、すぐさま次の指示を出した。
「エリカさん、もう少しそのままのポーズでお願いします! キツイでしょうけど頑張って下さい!」
「……………………」
エリカからは返事はない――。背中を見せたまま視線をカメラに向ける姿勢は決して楽ではないからだ。しかし彼女は身体をブラすこともなく、“彼”からOKが出るまでそのポージングを維持し続けていた。
“彼”はカメラを素早くを操作し、エリカの横顔と背中のジャージをズームアップした。背中に映る“マドンナ”の姿と凛々しいも艶やかなエリカの表情が小さな液晶ファインダーいっぱいに映った。彼はすがさずシャッターを切る。
パシャ、パシャ、パシャ!
「ありがとうございます。エリカさん、楽にして下さい――」
ふーーっ、とエリカは大きく息を吸った。身体を捻る無理な姿勢のため、わずかな呼吸しか出来なかったからだ。
「ふう、滝澤くん、もう終わりかしら?」
「ええ、エリカさんのOKが出れば、今日のセッションは終わりです。ちょっと見て貰えますか?」
彼はデジタルカメラをUSBでPCに繋ぎ画像フォルダを表示した。モニタ全体に軽く百枚は超えるだろう写真を一斉に表示すると、エリカはマウスをカチッ、カチッと小気味良いリズムでクリックし画像ファイルを一つ一つチェックする。
作品名:恋するワルキューレ 第三部 作家名:ツクイ