恋するワルキューレ 第三部
更に舞が勧めるのは、ロードバイクのジャージの下にも着れる様にと、固いワイヤーとサポートカップのないスポーツタイプのブラとショーツだ。
淡いピンクの生地に紫色のラインが入ったキュートなデザインで、カジュアルにもスポーツにも使えそうだ。
「やっぱりジャージを着る時の下着も注意しませんとね。ジャージって薄手ですし、こっちのシチュの方が見られる確率は高いですからーー」
「舞……。確かにそうかも知れないけど、そんな時まで“見せる”って……」
「あっ! でも水着のブラを付けるって手もありますよね? それなら脱いでも全然OKですし、積極的に見せることが出来ますよーー」
「ちょっと、舞! わたしの話を聞いてーー!」
最後に舞が勧めたのは、深紅のレースが眩しいビスチェとショーツだった。
その余りにSexalなデザインに裕美は身体が硬直し、口をパクパクと動かすのが精一杯だった。心の中で悲鳴を挙げつつも、驚きの余り声が出ないのだ。
「うーん、わたしも少し派手かなーと思うんですけど、買っておいて悪くないと思うんです。他の下着で彼がその気にならなければ、このビスチェで勝負に出ても良いと思いますよーー」
舞が真赤なビスチェを裕美の目の前に突き出した途端、裕美の顔もビスチェと同じくらい真赤になった。華と蝶の模様が編まれた真っ赤なレースのビスチェは男の人を誘うためとしか思えないし、実際ショーツは面積が少ないだけでなく、レースで透けてお尻が見えてしまうし両端は紐で留められているだけだ。
無理、無理! こんなの絶対無理よーー!!
しかし舞はそんな裕美の心の声など構わず力強く説明を続ける。
「これを見ればどんな男性だって、女の気持ちに気付かない訳ありませんからね。必ず関係が一歩進むと思うんです。最後の手段としてアリだと思いますよ!」
「うわああーん。舞、お願い許してーー!! こんなの恥かしくて絶対ダメよーー!!」
「センパイ、別に直接見せなくても良いんですから、そんなに恥かしがることなんてありませんよーー?」
「それだって十分恥かしいわああーー!! ブラウス越しにだって、そんなの見せられなーーい!! 舞、下着じゃない別のものはないのーー!?」
「ええーー、そうは言われましても――」
舞は困った顔をして、ちょっと考え始めた。
「そうだ! ランジェリーがダメなら、メイド服は如何ですか!? もしかしたらランジェリー以上に強力かも知れませんよ! センパイがメイド服を着て『あなたの言う事なら何でも聞きますよーー』って言う姿勢をアピールすれば、きっと店長さんにもセンパイの気持ちが伝わると思うんです! センパイのちょっと堅目のイメージを変えるためにも一度そうゆう姿を見せるのもアリかも知れませんよ?」
「ちょっと、舞、止めてよーー! メイド服なんて幾らなんでも“彼”だってドン引きしちゃうわよーー!」
「驚くのは最初だけですよーー! わたしの経験上、メイド服を嫌いな男の人はいません! みなさん、喜んでくれるんですよーー!」
「ちょっと舞、あなたメイド服なんて着たことあるの……?」
「もちろんですよーー! そんな冗談でセンパイに勧める訳ないじゃないですかーー?」
舞はニコニコとまるで天使の様に微笑んでいる。そこに悪戯や冗談を言っている素振りは微塵もなかった……。
「センパイ、どうします? 下着にしますか? メイド服にしますか?」
「…………………………
下着にします……」
そんな経緯で裕美は目の前にあるランジェリーの数々を買い込む破目になったのだが、金額を考えると流石に落ち込まざるを得ない。確かにロワ・ヴィトン・ブランドの服よりは安いかも知れないが、女性用のランジェリーだって決して安いものではない。しかもこれだけの種類のモノをセットで揃えてしまったのだ。カードで支払ったため裕美も値段は正確に覚えていないが、10万円を軽く超えていることは間違いない。余りの金額のため、カードの支払用紙を見れなかった程だ。現実逃避をした分、落ち込み度合いもより激しい……。
何にも増して裕美が落ち込むのは、結局“彼”とヨリを戻す方法が見付からなかったことだ。
これだけの下着を着て見せようとしたって、そもそも彼と二人で会うことが出来なければ意味はない。
本当は彼と会うだけなら決して難しことではない。今まで何度もしてきた様に、閉店間際にワルキューレに行けば良いだけの話だ。でも会っても、二人のこの気まずい状態をどうやって打開したら良いのか分からない。
一応、この問題も舞に相談はしたのだが、ますます裕美を落ち込ませるものでしかなかった。
『あの……、舞ね? 仮にこれを着ても――、彼とケンカしたままじゃ意味がないじゃない? だからあの、彼と仲直りする為には……、どうすれば良いのかしら?』
『センパイったら、何を言ってるんですかーー!? そんな心配は要りません! センパイが“心と体を開けば”いつだって彼は来てくれますよ! むしろ会えなかった分、燃え上がると思いますよーー』
『…………………………』
舞も乙女心をまるで分かっていない……。
恋愛に関して百戦錬磨の舞と、恋の海に飛び込むことも出来ない裕美とでは差があり過ぎる……。
裕美の恥じらいなど、舞か見ればタダの勘違いにしか見えないのだろう。
そんな女としての経験の差を見せ付けられ、裕美はかなり真剣に落ち込むのだった。
でも、どうすれば良いんだろう……?
彼がどんな気持ちなのか分からないし、エリカともどうなっているか分からない――。
たとえ彼と仲直りしたところで、やっぱり店長とお客様の関係に戻っちゃうし、そこからは先に進めない。
もうダメなのかなあ……? “彼”をエリカに盗られちゃうのかなあ……?
『わたしのモノにしてあげるから――』
そんなエリカの言葉が裕美の心に響く。
彼のことを“モノ”と言うエリカ。
彼のことを“都合の良い男”と呼ぶエリカ。
“打算”で彼を選ぶことを否定しないエリカ。
彼に対しての“愛情”を見せないエリカ――。
エリカに彼への“恋心”はあるの――?
とてもわたしにはそんな風には見えなかった……。
わたしだって“自分に都合の良い男”が欲しいけど、彼はそんなんじゃないもん!
彼を怪我させた時わたしをかばってくれた。
ツーリングで迷子になった時だってわたしを心配して探してくれた。
ハワイでだって怪我をしたわたしを助けてくれた。
箱根でだって彼の立場があるのに、わたしをアシストして助けてくれた――。
わたしって――。
考えれば考える程、彼に助けてもらってばかりだわね……。
わたしったら彼に対して何もして上げられてない……。
彼とはやっと友達になれたと思ったけど、これって“友達”でも何でもないわよね……。彼から見れば、わたしなんて友達どころか単なるお荷物でしかないし……。
もし“お客様”じゃなかったら、とっくに捨てられてるわよね……。
わたしが一方的に好きだなんて言ったって、彼は迷惑かも知れないわよね……。
付き合ってるだなんて、思い上がりもいいとこだったんだわ……。
でも……、でも……。
確かに全部、わたしが助けてもらってばかりだけど……。
作品名:恋するワルキューレ 第三部 作家名:ツクイ