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恋するワルキューレ 第三部

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 あの日美穂から“彼”を落とす方法をアレコレ教えてもらいはしたものの、困ったことに彼とどう仲直りをしたら良いのか思い浮かばなかった。
いや、本来“仲直り”もする必要だってないのだ。今回の件だって別に“彼”とケンカ別れをした訳ではないし、裕美は「店長さん、頑張って! 応援するから!」と良妻よろしく彼を送り出したのだから――。
でも、もう二人で楽しく話すことなんて、とても出来ない――。
二人であんなに頑張ってデザインしたジャージをライバルのエリカに持って行かれたんだもん。たとえ彼にそのつもりがなくたって、わたしを裏切った様なものだもんね……。
彼だってわたしの気持ちを全く知らない訳はないし。
彼だってわたしに後ろめたい気持ちもあるだろうし。
それにわたしだって、彼を許せない気持ちだってあるし――。
 はあああ…………。
微妙な気まずさよね……。ケンカでもしたなら謝ることも出来るのに……。
会えば彼だってそれなりに気を使ってくれるだろうけど、わたしだって彼とまた笑って会える自信はないわ……。彼と最初に何を話したら良いのか分からないし、どんな顔をして会えば良いか分からないもん。やっぱり気持ちの整理が付かない……。
こんなんじゃ、彼に会える訳ないわよね――。
 ふううう…………。
やっぱりまた美穂姉えに相談しようかなあ……。合コンじゃないけど、二人で会う事ぐらいはセッティングして貰えるだろうし、美穂姉えが一緒にいれば心強いもん。彼との事だってフォローぐらいしてくれるだろうし……。
しかしあの日と言えば、美穂からの予想外の“攻め”には正直参った。
美穂の好意を最初は「ちょっと」と遠慮がちに、半ばには「確かに男との人との経験はないけど、そんなんじゃないから――」と自白を強要され、最後は「きゃーー!!」と警察を呼ばんばかりの声を上げ幸い裕美の貞操は死守された。
まあ結局何もなかったのだから、わたしを落ち込ませないための美穂姉えなりの心遣いだったのだろう……とは思うが、美穂は一体“どちらなのか”と流石にちょっと気になってしまう。
美穂の凛々しい顔立ちや鍛えられたシャープな身体の美しさ。男性ローディーさえも指一本で動かす女性士官の様な姿をリアルで見せ付けられれば、その世界に憧れる女性ならば間違いなく禁断の世界に堕ちてしまうに違いない。宝塚の様な幻想の世界ではない。リアルの世界での話なのだから――。
 まあ美穂姉えの話は良いとして、やっぱり彼と仲直りするキッカケが欲しいわあ……。
 そんなことを考えていると、あっと言う間に時間が過ぎてしまう。ココアも飲み終わり、カップの底も渇いてしまう程だった。
 プルルルル…………。
 そんな裕美が妄想の世界で逡巡している時、突然デスクの電話が鳴った。
 ハッと裕美は妄想モードから慌てて取って返し、3コール目で電話を取る。
「アロー、北条です」
『アロー、ミス北条。こちら受付ですが、お客様がいらっしゃいました。応接室まで来て頂けるでしょうか?』
 やだっ! もうこんな時間!?
 裕美は“彼”との妄想のことで、すっかりアポのことを忘れていた。今日はこの時間にミーティングが入っていたのだ。
「はい、分かりました」と返事をすると、裕美は慌てて書類を集め始める。
「舞、契約書のドラフトはあるかしら? お客様がもう来ちゃったのよ!」
「はーい、センパイ。こちらです。ちゃんと準備は出来てますよー」
「Mercy!《メルシー!》。それじゃあ行ってくるわ!」
 裕美は急いで受付にある応接室へ向かった。
今日のミーティングはロワ・ヴィトン・ジャパンと契約するモデルとの面接だ。本来モデルとの契約はロワ・ヴィトン傘下の各ブランドの担当者と広報部門の管轄だが、契約に関することだけに法務部の裕美も立ち会うことになっている。意外と弁護士としての裕美の仕事の幅は広い。
 受付嬢に案内されて応接室に入ると既にメンバーは全員揃っている様だ。ロワ・ヴィトンの広報部門の担当者に、傘下ブランドのマーケター。相手方はモデル・エージェントのマネージャーに、今回契約するモデルが一人……。
 そう、ロワ・ヴィトンにとっては只のモデルの一人でしかない。
しかし裕美はそのモデルを見て口をパクパクさせている。思わず、指を刺したその先に居たのは――。
「エ、エリカーー!!」
 つい先週、裕美から“彼”とジャージを強奪したエリカ本人だった。
一番イヤな女に! しかもロワ・ヴィトンのオフィスで会うなんてーー!!。
「ああーーっ! あんたはーー!?」
 驚いて声を上げたはエリカも同様だった。
名前こそ知らないものの、エリカだってヒルクライムで会場の注目を奪われた屈辱は忘れられるものではない。回りの視線も忘れて思わず裕美を指差してしまう。
 回りの人達も半ば呆気にとられながら二人を見つめていた。ビジネスの現場にあまりにもそぐわない二人の驚き様だったからだ。
だが幸い二人の女の深い戦いについては誰も知らない。ちょっと二人のオーバーなリアクションには首を傾げたが、偶然知り合いと会って驚いているのだろうと好意的に解釈してくれた様だ。
「何だね? 二人とも知り合いかね?」
「ええ、まあ……。ちょっと“知っているだけ”なんですけど、まさかこんな所で会うなんて思わなかったものですから……」
裕美は驚き硬直した顔を一瞬で弁護士としての顔に戻し、ホホホ……とにこやかに笑いながら誤魔化そうとする。
「ああ、二人とも既にご存知だったんですね? まあ狭い業界ですしね」
「ええ、そうなんですーー。ちょっと趣味が一緒でーー。“何度か会っただけ”なんですけどーー」
 エリカもすぐさまモデルの顔を取り戻し、深く追求されないよう「ええ、ちょっと……」と曖昧なことを言って必死に誤魔化そうとする。
 そんな“ちょっと”だけなら一体何をそんなに驚くのかと誰もが思ったが、プライベートならあまり深く聞いても……と思い誰もこれ以上深く追求はしなかった。
「しかし“知り合い”なら調度良かった。北条君、ちょっと別件でエージェントの方と話があるんだ。こちらのエリカさんに契約の件を説明してあげてくれないか?」
「えっ? わたしが彼女にですか……?」
「もちろんだよ。元々その為にキミを呼んだんじゃないか? 隣の部屋が空いているからよろしく頼むよ。
エリカさんもすいませんが、よろしくお願いします」
 そんな……。よりによってエリカと二人きりで……?
 そう思うのは裕美だけでない。エリカも眉をひそめ、モデルらしからぬ顔をする。
二人は「わかりました」と同意したものの、不満そうな表情でお互いに顔を見合わせたのだった――。
 
 ……………………。
「で……、あんた誰? 何でこんな処にいる訳? もう全然っ訳分かんないんですけどーー?」
 エリカは別室に通され裕美と二人きりになった後、露骨に敵意むき出しの態度を取り始めた。ホステスの様に脚を組んで応接室のソファにふんぞり反る姿は、とても売れっ子モデルとは思えない。
「あーーら、失礼しました。わたくしこのロワ・ヴィトン・ジャパンの弁護士、北条裕美と申します」