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恋するワルキューレ 第三部

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ファッションの世界では、どんなに素晴らしいデザインであろうと採用されるとは限らない。裕美はロワ・ヴィトンの現場でそれを何度も目にしてきただけに、どうしても不安が残る。
オフィスでも時折考え込む様な仕草をしているが、そんな時は仕事ではなく、ジャージのことをついつい考えてしまっていた。
 そんな仕事も半ば手に付かないまま、就業時間が終わる頃、デスクの上のiPhoneのバイブレーションが震えた!
 ブルルル……、ブルルル……。
 来た――!! “彼”からのコールだ!。
 オフィスでの私用電話は当然マナー違反。だが裕美は迷わず携帯を取る。
「アロー、裕美です」
『もしもし、“ワルキューレ”の滝澤です。裕美さん、やりましたよ! 採用が決まりました!』
「ホント、店長さん!?」
『ええ、しかもそれだけじゃないんです。トレックとしてもかなり気に入ってくれたらしく、ただジャージを売るだけじゃなく、"Madone"とのコラボでアピールしてくれるって言うんです』
「本当、店長さん!? 素敵だわ! 最高の気分!」
『ええ、ホント僕も信じられない位です』
「ねえ、店長さん! 今からそっちに行っても良い? 嬉しくて我慢できないの。お祝いをしましょう!」
『ハハハ……。了解です。待っていますから、是非来て下さい』
「ええ、待っててね!」
 裕美は電話を切るが――、ふと回りの視線に気が付いた。
………………。
裕美が我に帰ると、オフィスの誰もが裕美を見つめている。
静寂を善しとするロワ・ヴィトンのオフィスであれだけテンションが高い声で叫んでいれば当然だ。別に誰が怒るという事はないが、一体何があったのかと不思議そうな眼で裕美を見つめている。
隣のデスクの舞さえも、半ば呆れながら驚いている様子だった。
「あのぉ……、センパイ。どうかしたんですか?」
「えっと……。あの……」
 裕美の迷う様な仕草を見て、舞もピピッと勘が働く!
「ああ、成程、そうゆうことですね――」
“彼”の事ですよねーと、言わんばかりに舞がにこやかに笑う。しかも回りにも勘ぐられない様に舞は助け船を出してくれる。本当に舞は“大人”だ。中学生でも通用しそうに幼く可愛い顔をしているのに!
「センパイ、その件なら了解です。後の事はわたしが片付けておきますから行ってらして下さい」
「う、うん。ありがとう、舞。ちょっと行ってくるわね」
 裕美は恥かしさを誤魔化す様にバタバタと慌ててデスクを片付け、飛び出す様にオフィスから逃げ出したのだった。

 裕美は退社すると、わき目も振らず“彼”の待つワルキューレに直行!
そしてすぐにお店に到着! 彼から電話を受けてまだ20分も経っていない。
何と言っても今日は彼からの“ご褒美”があるのだ。裕美がもたもたしている筈もない。
 ツバサも今日ばかりは嫌味も言わない。店を出る裕美に親指を立てて、「頑張れ!」とのメッセージ。
ちょっと顔を赤くした裕美だが、幸い“彼”には見られていない。
彼からデザインのお礼ということで、隣のフレンチ・レストラン『フィガロ』でご馳走。
今日はお祝いなので、コースでラッシュ! 
前菜もたっぷり、デザート完備! ワインも当然赤白ダブル。
まずエビとイカのカクテルサラダ。ドレッシングも一味違う。リンゴ酢でちょっと甘めに仕上げてあって女の子好みの味だし、何より白ワインがとても良く合う。
次にレバー・ペースト。レバーの甘みと苦みのバランスが絶妙。シェフを褒めてあげなくちゃ! 赤ワインを飲むたび、仄かな渋みと酸味でお口の中がスッキリするから止まらなくなる!
メインはフィガロの一押し《specialite maison》のビーフ・シチュー。ソテーした玉ねぎの甘みと苦みのバランスがこれもバッチリ。フランス育ちの裕美にも十分納得のいく味だ。
そんなフィガロの美味しいフレンチを堪能しながら、“彼”との話は弾んだ。
「でもトレックがあのジャージを"Madone"と一緒にプロモーションしてくれるだなんて感激よね。同じ"Madone"ユーザーとしては嬉しい話だわ!」
「ええ、採用が決まったことで担当の人も教えてくれたんですけど、それにはちょっと裏話があったんですよ」
「裏話――? 一体何かしら?」
「裕美さん、このバイクをご存知ですか?」
 彼はそう言って、iPhoneから一枚の写真を見せてくれた。
「あっ、これは――!!」
裕美はそのバイクの写真を見て驚いた。色鮮やかな蝶がフレーム一面に飾られたデザインには見覚えがある。
イギリスのコンテンポラリー・アート巨匠、『ダミアン・ハースト』のデザインだ!
「裕美さんもご存知でしたか?」
「ええ、ロードバイクのデザインって正直幼稚であまり好きじゃないけど、これだけは知っていたの。とても素敵だなあーって」
そう、このバイクだけは裕美も知っていた。TREKの"LIVE STRONG PROJECT"の一環として世界でも指折りのアーティストがランス・アームストロングの乗る"Madone"をデザインした。中でもダミアン・ハーストがデザインしたこの華麗な蝶が踊る"Madone"は注目を浴び、チャリティ・オークションで数千万の値段が付いた程だ。美しい蝶が踊るそのバイクは女性であれば目を付けないはずがない。
「トレック・ジャパンは女性用のバイクとして、このレプリカを販売する計画だったそうです。でもこのバイクに合うジャージがなくて、先方も色々と思案していたようです」
「そうよね。今までのジャージじゃ、このバイクに負けちゃうわ」
「ええ、でもこのマドンナのジャージなら雰囲気的にもこのバイクとマッチしていますし、『聖母マリア』がトレックの"Madone"と同じネーミングなので、プロモーションも相乗効果が狙えるということで採用が決まったそうです」
「ステキねえ。わたしもマドンナのジャージを着て、こんなバイクに乗りたいわあ」
「ハハハ、裕美さんにはヴィーナスの "Madone"があるじゃないですか?」
「あら、女の子はね、靴とバックと宝石は幾つあっても良いの! もちろん、男の人からプレゼントされたらって話だけど!?」
「あ、あの……、裕美さん? それって、今回のジャージのデザイン料のことを言ってますか……?」
「えっ、違うわよ! そんなお金なんて要らないわ! こんなご馳走だってしてもらったし、それに今まで店長さんに色々助けて貰ったもん! わたしこそお礼をしなきゃいけないわ!」
「ははは……、ありがとうございます。今回の仕事は取引上の付き合いってことで受けたんで、トレック・ジャパンとはまだ正式に幾らでと契約した訳ではないんです。もしかしたら問屋からのサービスって形で支払われるかも知れないので……。でも、出たらちゃんと支払います」
「でもそのお金で新しいバイクを買いましょうだなんて言ってくるんじゃないの? ツバサ君みたいにねえ?」
「えーっ、そんなことはしません! それじゃバックを買いますから。ちゃんとロワ・ヴィトンで!」
「フフフ……。じゃあ、それでお願いしちゃおうかなあ――」
 あれ――?
そう言えば、”彼”とこんな気負いもなく話せるのって初めてじゃないかしら?
 何か今までとちょっと違うわ……。