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恋するワルキューレ 第三部

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「その通りよ! 女の子が“Madone”に乗るならちゃんとした素敵なウエアじゃなくっちゃ! 店長さん、わたしにも是非手伝わせて!」
「そう言って下さると助かります。お礼は出来る限りしますよ」
「そんなものは要らないわ。店長さんは今までわたしを色々助けてくれたでしょ? 今度はわたしの番だわ」
 「ありがとうございます。でも、お礼はしなきゃマズイですから何か言って下さい。その方がこちらとしても気が楽ですから」
もう! 本当にそんなもの要らないのに……。女の子は好きな人のためなら、何だってしちゃうわ!
 でも遠慮ばかりしても、逆に彼も困っちゃうわよね。やっぱりわたしが“お客様”なんだし、彼としては立場上そうせざるを得ないもんね……。
「店長さん。だったらまたフィガロのビーフシチューをご馳走して。お礼って心が大切なんだからね。ちゃんと店長さんがサーブするのよ」
「ハハハ……。分かりました。何杯でもご馳走しますよ」
「フフフ、それじゃデザートもお願いしちゃおうかなあ――。フィガロのグレープフルーツゼリーが美味しいの! 店長さんも好きかしら?」

 裕美は新たにテイクアウトしたグレープフルーツゼリーと若葉の香る紅茶を楽しみならが、“彼”からジャージについての話を聞いた。
「うんうん。女性用のジャージの依頼なのは分かったけど、クライアントからの具体意的なリクエストはどうなのかしら?」
「ええ、実はそれが一番困った所でして、全くないんです――」
「えっ、ない?」
 裕美は思わず聞き返してしまった。
「ええ、いつもならカラーやデザインをどうして欲しいとか、ある程度リクエストがあるものなんですが、今回の依頼はデザインを一から考えなくてはならないんです。トレックのアパレル部門の人も女性用と言ってもどんな物が良いのか把握しきれてない様子で……」
「デザイン・コンセプトの指定もないの?」
「ええ、全くの白紙です。デザインを募集するにしても、普通は何かしらのテーマを出してくるものなんですが……」
 彼も首を傾げ、言葉に詰まっている。
無理もない。ファッションブランド『ロワ・ヴィトン』で働く裕美も聞いたことがない話だ。
通常、クラインアントがデザインのテーマや対象ユーザーを指定してくるのはデザインを依頼する上で必須の事項だ。それはロードレース用のジャージに限らない。ファッション・ブランドや工業製品、ロゴマークなど、ありとあらゆるデザインに於いてだ。
“自分の思いを人に訴えたい――”。それを絵や形に変えたものがデザインだ。
だからクライアントのその“思い”をどれだけ意匠を凝らし具現化するかがデザイナーの腕の見せ所なのだが、その“思い”さえ何か分からなくてはデザインのしようがない。
仮に何かしらのデザインを提案しても、クライアントの意に沿わず却下される可能性が高い。そんな無意味な仕事を受けるデザイナーなどいないだろう。
 しかし“彼”はそれも無理のないことだと言う。
「もちろん、彼らの要望は分かっているんです。『ロードバイクに乗る女性を増やしたいし、その楽しさを分かってもらいたい』というのが彼らの一番の願いです。やはりロードバイクを乗る女性は少ないですから、そんな現状を何とかしたいのでしょう。でもそのためには一体何を伝えれば良いのか誰も答えが出せていないんです――」
「でも女性用のジャージなら、店長さんだってあの“ワルキューレ”のジャージを作ったじゃない。あれなら女性が着ても問題ないわ」
「あれは美穂さんのイメージでデザインしたんですよ。美穂さんならワルキューレのイメージにぴったりでしたからね。それにワルキューレは戦う女神様ですから男性陣にもウケが良いんです」
「そうなんだあ。やっぱり美穂姉えのために作ったジャージなのね。美穂姉えって、凛々しくてカッコ良いもん。本当、ユニセックスしか考えられないスポーツウェアのデザイナーに見せてあげたいわ!」
「ハハハ、ありがとうございます。まあ、今回もそんなヒントになる様なコンセプトやアイディアがあれば良いんですが、なかなか思い付かなくて……。あの“ヴィーナス・ジャージ”を作った裕美さんなら、良いアイディアがあるんじゃなかと思ったんですが……」
「うーん。突然良いアイディアって言われても、困っちゃうわあ……」
裕美も思わず悩んでしまう。
ヴィーナス・ジャージも裕美が個人的に趣味で作ったものだし、実際かなり特殊なデザインと言って良い。
赤い薔薇が咲き誇るエレガントなデザインではあるが、裸のヴィーナスが描かれたそのジャージはスポーツウェアとしてはかなりアバンギャルドだ。万人受けするものではないし、毎日このジャージを着て走るという訳にはいかないだろう。
ラコックに採用されたものの、売上については二の次で、あくまでブランド・イメージの向上とアピールの為に採用されたのだ。
ヴィーナス・ジャージみたいに強力なアピールがあって、なおかつ誰にでも好印象をもたれるデザインと言っても……。
「困ったわ……。わたしもデザイン・プランをストックしている訳じゃないし……。店長さんのアイディアはどうなの? 何かプランを考えたんでしょう?」
「ええ一応、幾つかのデザイン・パターンを考えました。ちょっと見てもらえますか……?」
 裕美はそのラフスケッチを見たが、言葉に詰まってしまった。白や赤、黒などの通常のジャージと同じシンプルなデザイン・パターンで、有体に言えばオリジナリティのない凡庸なデザインでしかなかったからだ。
「うーん……。店長さん、言い難いけど、これじゃあちょっと厳しいんじゃないかしら……」
「ハハハ……。やっぱりそうですか、そうですよねえ。まあそうハッキリ言ってくれた方が気が楽ですよ。ハハハ……」
 彼もやはり……という感じで苦笑いを浮かべている。
「ワルキューレ・ジャージみたいに女性のイラストを使わないの?」
「キャラクターや有名人のイラストを使えれば、確かにユーザーにアピールし易いんですが、著作権の問題がありますから……。ウチのワルキューレの絵も有名なものですけど、百年以上も前に書かれたもので著作権とは無縁ですからね」
「そうよねえ……。だったらもう少し複雑なデザイン・パターンにしてみたらどうかしら? わたしもロワ・ヴィトンのスカーフをモチーフにして赤い薔薇を入れたのよ」
「ええ、その話を聞いて幾つか試してみたんですが……」
 そう言って彼はPCで別のパターンの図案を見せてくれた。
「うっ……」
 裕美は思わず言葉を失った。
 そのデザインは多分セリーヌのスカーフをモチーフにしたのだろう。植物や花をあしらった優雅な図案で、鮮やかな花がジャージを覆い尽くすデザインなのだが――。
派手過ぎる――。ウザい――。
まるで強烈な香水を浴びる様にかけるイタリア女の様だ。
それにデザインとしても致命的だ。それらのデザイン・パターンはどれも派手なだけで訴求性がない。どれ程多く美しい花をあしらおうとも、見る人に訴える“核”がなくては、只の“壁の花”にしかならない。デザインとしてのアピールポイントがなくては、ブランドものをこれみよがしに着飾る成り金オバサンだ。これでは採用されるのは難しいだろう。