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恋するワルキューレ 第三部

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 裕美は甘いココアを飲んでいるにも関わらず、深く重いため息を付いていた。
 “彼”とのこれからのお付き合いの仕方を考えると、どうしても鬱になってしまう。
 彼は裕美のことを丁重に扱ってはくれるが、それはツバサの言う通り、裕美が“お客様”であるからだ。もちろん彼も今更裕美を“お客様”等と言わないだろうが、やはりお互いの立場というものがある。
だからと言って、プライベートで内緒で会える場所と時間なんてそうそうある訳ではない。土日は彼は仕事で休めないから、会うとすれば裕美のマンションへ来てもらう位しか思いつかないが、流石に女の子としてちょっと……。
期待するものはあるけど、露骨過ぎるし、逆に安い女だって思われそうだし、やっぱり不安だってあるもん……。
 ふううぅ……。
そうゆう意味じゃローランだって同じだわ……。
”ラコック”の一件でローランと“仲の良いお友達”にはなれたけど、未だに自転車以外でローランから誘われることはない。仕事もローランとは全然別のセクションだし、趣味のロードバイクだって男と女では脚力が違い過ぎて一緒に走こともあまりない。
休みの日はアンリやシャルルと走りに行くことが多いもんね……。
ローランも『女の子よりロードバイク』ってタイプなのかしら? 男の子がやんちゃなのは世界共通なのねえ。
男の子なんだからもう少し欲望に正直になっても悪くないわと思うけど、ローランとは社内恋愛になるんだから、そんな露骨なことをするはずないわよね。
それにローランにガールフレンドがいないのも考えてみれば不思議だし……。本当は彼のことも何も知ってないのかしら……?
 …………。
やだっ、わたしったら、二人の男の人を比べてるけど!
…………。
 でも仕方ないわよね。どっちも手に入りそうで届かないんだもん……。
ほんと、ハンパだわあ……。
 
そんな裕美が憂鬱に黄昏る中、プライベート用のiPhoneからバイブレーションの音が響く!
ブルル! ブルルルルーー!
 画面に表示される名前を見て思わずハッとする。“彼”からの電話だ!
 裕美は慌てて携帯を取る。
「アロー! はっ、はい! あの……北条です。はい、裕美です!」
『裕美さん、僕です、滝澤です。今よろしいですか? 仕事中ならまた電話しますが?』
「えっっと……。まだオフィスだけど、うん、平気よ!」
『実は裕美さんにお願いがありまして――。こんなことをお客様にお願いするのは気が引けるんですけど、もし仕事で忙しくなければちょっとウチに寄って頂けるでしょうか?』
 えっ? 彼がわたしに頼みって何かしら?
“彼”のお願いなら何でも聞いてあげる! ――と言いたい所だが、今まで裕美が彼に甘えることはあっても、彼から頼まれ事などされたことはない。一体何だろう――?
「あのお、お店に寄るのはOKなんですけど、わたしに出来ることなのかしら?」
『ええ、実は裕美さんにジャージのデザインを手伝って欲しいんです!』

その日の夜、裕美は仕事も半ば放り出す様にワルキューレに向った。
“彼”は仕事は大丈夫でしたかと聞いてくれたが、自分を頼ってくれたのだ。今の裕美にとって、仕事などワインボトルに沈むオリの様なもの。捨てるのが当然であり、見向きもするはずもない。
彼は隣のフレンチ・レストラン『フィガロ』からビーフシチューをかけたサフラン・ライスをデリバリー。店の奥のオフィスでPCやら資料を見せる必要があるらしく、こんなもので申し訳ないと言いながら、晩御飯を用意してくれた。
塩味の利いたオニオン・スープが、コクのあるビーフシチューとライスの味を引き立ててくれる。うん。テイクアウトだけど、いつもながら『フィガロ』の料理はボリュームがあって美味しい。
彼は食事をしながら今回のジャージのデザインについて話をしてくれた。
「エーッ、それじゃこの前の打合わせって、『トレック』からの依頼だったの!?」
イタリアのロードバイクメーカーの老舗『コルナゴ』を「コオロギ?」、と聞き違える様な裕美でも『トレック』なら知らないはずもない。裕美の愛車であり、トレックのフラッグシップモデル“Madone”《マドン》のメーカーだからだ。
それに『トレック』はアメリカのNASAに技術提供する程の高度なカーボン成形技術を持ち、かのランス・アームストロングのツール七連覇を支えたアメリカのトップブランドだ。
もっとも裕美はフランス語で“聖母マリア”を意味する“Madone”という名前が可愛いと気に入って選んだに過ぎない。逆に友人たちからは、凄いバイクを選んだものだと驚かれ、その都度裕美は自分の乗るバイクの価値に気付かされるのだった。
 そんな『トレック』からの依頼だ。裕美だってそのオーダーがロードバイクに乗る者にとって特別なものであることは容易に想像出来た。
「スゴイわあ! あのトレックからデザインの依頼が来るなんて!」
「そうなんです。僕もちょっと嬉しくて……。個人用のチーム・ジャージのデザインは何度もあったんですけど、メーカーからの依頼は初めてなんです。普通ならプロのデザイナーに依頼するものなんですが、トレックのアパレル担当の人がワルキューレのジャージを気に入ってくれたみたいで」
「そうよね。素敵なジャージだし、わたしだって買っちゃったくらいだもん」
「ハハハ、『ロワ・ヴィトン』の裕美さんにそう言ってもらえるとウレしいです。自信が付きますよ」
「……でも、わたしにそんなお仕事の手伝いが出来るかしら?」
「ええ、今回の注文は嬉しいことなんですが、ちょっと勝手が違ってまして――。
実は女性用のジャージをデザインするよう依頼されたんです。しかもファッション性の高いものをとリクエストされまして……」
「ロードバイク・ジャージで、レディース用? 本当のフェミニン系?」
 その話は裕美にとってもちょっと驚きだ。”本物”の女性用のジャージと呼べるものは無いと言って良いからだ。
確かに“女性用”と名の付くものはある。しかしそれはサイズや形状を女性向きにしているだけであって、本当に女性が着たいと思わせるような高いファッション性を持つジャージは何処にもなかった。
それは日本に限った話ではない。ロードレースの本場、イタリアやフランスのメーカーでさえも裕美の審美眼に叶うジャージはなかった。
本場ヨーロッパでロードレースはメジャー・スポーツの一つ。だがそれはあくまで男性の話だし、ファッションにも階級制度があるヨーロッパでは、そもそも“野蛮”なスポーツをする人がこだわるファッションなんて高が知れている。
だからこそ裕美はジャージを自分でデザインせざるを得なかったし、ラコックも日本に進出する際に、裕美の”ヴィーナス・ジャージ”に目を付けたのだ。
「それはちょっと驚きね。今までそんな話は聞いたことなかったもん」
「そうですね。意外ではあったんですけど、トレックとしてもやはり女性にもっとロードバイクに乗って欲しいと言っていまして――。そのためにはバイクだけでなく、アパレル系のラインナップを増やす必要があると考えた様です」