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恋するワルキューレ 第三部

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少なくとも、只のお友達の訳はないもん。そうよ、裕美。自信を持って!
「じゃあ、舞! 行ってくるわ!」
 裕美は緊張しながらワルキューレのドアの前に立った。

「こんにちはー!」
 裕美が店に入り店内を見回すが、お目当ての“彼”は見当たらない。
仕方ないとばかりに、スタッフの一人である“ツバサ”に声を掛けた。
「ツバサ君、店長さんはいらっしゃるかしら? 近くを通ったから寄ってみたんだけど?」
「あーー、裕美さん。いらっしゃいませ。わざわざ店長だけを目当てに来てくれたのに、ひじょーに恐縮です。でも店長はいませんよ。外出です」
「ええ! なによ、それー!?
 先程までの意気込みが見事に空振りしては、流石にガッカリしてしまう。
 ツバサは嫌味を込めて半ば慇懃に半ば投げ遣りに応対する。裕美がいつもツバサを無視して、この店の店長である“彼”を指名し続けたからだ。
裕美は「ツバサ君じゃ、やーよ」とあからさまに言ってしまうので、ルックスにもそれなりに自信のあるツバサにとっては結構プライドを傷つけられたらしい。店長にだけデレる裕美に嫌味の一つでも言いたいらしく、必ず余計な事を言って来るのがお約束だ。
でも嫌味を嫌味にしないのが、ツバサの女の扱いが上手い所。ホスト・モードにスイッチを切り替えて裕美を口説き始める。
「裕美さん、たまには俺のことも指名して下さいよ。もちろんプライベートで指名して貰えれば最高なんですけど。他のお客様なんかガン無視で優先度MAXで行きますから」
「もう、ツバサ君たらウソばっかり。どうせ口だけなんでしょう?」
「ホントですって。ほんの一言、Oui《ウィ》って言ってくれれば、もう俺時速60km/hのスプリントで、裕美さんの胸に飛び込んでいきますよ。
さあ裕美さん、Oui《ウィ》?」
「きゃー、止めてったらーー! Non, non, no-n!《ノン、ノン、ノーン!》。絶対、ダメだからねーー! 店長さんにそんなとこ見られたら誤解されちゃーう! 絶対、ダメなんだからねーー!」
「ハハハーー、相変わらずっすねえ。そう過剰に反応するから、イジりたくなっちゃうんじゃないですか。そうゆうウブい地をを出した方が良いんじゃないですか? 店長だって可愛いって言ってくれますよ」
 か、可愛い――!?
 裕美も顔が赤くなってしまう。
「そ、そうかしら? やっぱり男の人って可愛い女の方が好きなの?」
「そりゃ、もちろんですよ。クールな女より可愛い女が好きに決まってるじゃないですか? 大丈夫。裕美さんもそっちの路線でいけますって!」
「そうかあ……。もうちょっと”可愛く”してみようかなあ……」
こんな風に女の子をからかいながらも、”可愛い”と褒め倒してくるツバサを女の子が嫌う訳がない。裕美は気付いていないだろうが、間違いなく絡め取られている。
「そうだ。ツバサ君、ロールケーキを買ってきたんだけど、どうかしら?」
もう、店長さんと一緒にケーキを食べようと思っていたけど、この際ツバサ君と一緒でも良いわよね?
「おっ、さすが裕美さん! ゴチになりまーす。コーヒーを持ってきますね!」
 ツバサもローディーの例に漏れず甘い物には目がない。早速とばかりにラージサイズのコーヒーを持ってきた。
ローディーは汗を大量にかくので、コーヒーも沢山飲めるアメリカンがお約束。エスプレッソの様なデミタス・カップでは味が濃すぎて喉が渇くし、全然量が足りないのだ。
もちろんロールケーキも普通のお店の倍の幅でカットしてある。普通のカフェなら、エッ?と思われるサイズだが、ここワルキューレではこれがお約束。何しろ走った分のカロリーを補給する必要があるからだ。それは女の子の裕美も例外ではない。
二人はコーヒーと甘酸っぱいイチゴの香りを楽しみながら、ハチミツを隠し味に加えた生クリームの甘さを堪能していた。
「ねえ、ツバサ君。もうすぐ店長さんは帰ってくるのかしら?」
「そうですねえ、店長はちょっと打ち合わせで、いつ帰るとは言わなかったんですよ。でもまあ、お客さんもいるしそろそろ帰ってくると思いますけど」
「早く帰って来れれば良いんだけど――。打ち合わせって、何をやっているの?」
「何でもジャージのデザインを依頼されたみたいですよ。俺も良くは聞いてないんですけど」
「ジャージのデザインって、店長さんって本当に何でもやってるのねえ? 感心するけど、驚いちゃうわ」
「ウチの店はそうゆうリクエストも多いんですよ。ロードバイクに乗る人は自分達のチーム・ジャージを作る人が多いですからね。裕美さんもそうだったでしょ?」
「そうよね。チームを組んでいる人は大抵自分達だけのジャージを着ているわ」
「でも誰もが裕美さんみたいに自分でデザイン出来る訳じゃないですからね。それで店長がグラフィック・デザインを起こしてメーカーに依頼するんです。ウチの“ワルキューレ・ジャージ”を見て、こんなジャージが欲しいって相談してくるお客様が結構いるんですよ」
「確かにあのワルキューレのジャージは素敵だもんね……」
 裕美は店に飾られているワルキューレのジャージを見た。
ジャージには薄絹のローブを纏う女神の姿がロマン派風のタッチで描かれ、スポーツ・ウェアらしからぬ耽美的な趣を与えている。
 北欧神話で最も有名であろう戦いの女神ワルキューレ。剣を持ち甲冑を身に纏い戦う女神として崇められる一方、戦いで死んだ勇者を弔い黄泉の国へ誘う神――、つまり“死神”でもある。
 ジャージに描かれたワルキューレの姿は美しくありながらも、陰のある悲しげな微笑みを常に携えている。きっと愛する人の死を悼んでいるのだろう。
オペラ『ニーベルングの指輪』でも、女神ワルキューレの一人、“ブリュンヒルデ”は愛するジークフリードの後を追い業火の中に飛び込んでしまう。『ブリュンヒルデの自己犠牲』と呼ばれるクライマックス・シーンだ。
裕美のヴィーナス・ジャージだって、このワルキューレのジャージになぞらえて女神をモチーフとしたのだ。女神は全ての人に愛と勇気を与える存在。他の人がこのジャージを見て、デザインを頼んでくるのも無理なからぬ話だ。
「本当、店長さんってセンスが良いわよね。アートを分かってるって感じがするわ」
「俺もその辺は感心しちゃいますね。写真なんかも上手いですし。何かロードレーサーっぽくないですよね」
「フフフ、そこが素敵なんじゃない! センスがなくて汗臭いだけの男の人なんてヤダもーん」
「だったら俺なんかバッチリじゃないですか? ローディーですけど、爽やか系で通ってますからね。裕美さんのもろストライクゾーンだと思うんですけど」
「ツバサ君たら、またそんなことばっかり。わたしは軽い男の人はイヤなのよー。
でも店長さんだってもうちょっと積極的にわたしに声をかけてくれれば良いのに……。そうよ! 折角この前の箱根の勝負で“お友達”から一歩進んだと思ったのに……。
女の子から言い難いことってあるじゃない。男の人から言ってもらえるのを待っているのに、何もしてくれないんだもん! いつものスマートな“彼”らしくないわ! 全然、女の子の気持ちを分かってないじゃない!」